今から約一ヶ月前のこと。ヴィータは出会ったばかりである自分の主のことを、現在のように慕ってはいなかった。
線の細い体躯は貧弱に見えるし、発言も夢見る少年という感じ。一言で表現すると、頼りない。まあ、ヴィータたちに対して好意を持ってくれているし、人並み以上の扱いを受けているので、その辺はプラス。総括としては可も不可もなし。もっとも、彼女の採点では大抵が落第の主なのだから、上出来というべきなのかもしれない。
ヴィータはクラウスの後に付いて、林の中を歩いていた。彼女の役割はボディガード。普段であればシャマルが付いて行くところだが、どんな気を回したのか、ヴィータを共にとあの金髪の女は主に進言したのである。
薬草採りになど一人で行けるだろうし、主本人もそう言っていたが、残りのヴォルケンリッター三人が反対した。曰く、「守護騎士たるもの、いついかなるときにでも主を守り、助けるべし」。熱心なことだと思う。
当然のことだが、普段から歩いている道だそうだから、大した危険があるわけでもない。あくびをかみ殺しながら、特に興味のない主と二人きりで歩く退屈さに耐えていた。
「そっか。ヴィータはハンマーをデバイスにしてるんだ。パワフルだなぁ」
「そんなこと、ねーです」
たどたどしく敬語を使いながら、ヴィータはクラウスの相手をする。彼女が口を開くたびに、主は楽しそうに笑った。
(それにしても――)
彼女は疑問に思う。
クラウスはかなりの魔力資質の持ち主だ。彼の兄も優秀だが、恐らくそれ以上。守護騎士と比べても遜色のないことが、魔力を行使していなくとも分かる。
なのに、何故わざわざ、自分の足で薬草などを摘みに行くのだろう。その強大な魔力で使い魔とでも契約すれば、珍しい植物だろうと貴重な鉱石だろうと、労せずに収穫できるだろうに。
ヴィータがその疑問を口にすると、彼は苦笑した。
「うん、まあそうだとは思うんだけどね。実は僕、魔法は使えないんだ」
鉄槌の騎士は耳を疑う。それほどの資質を持っていれば、適当に学んでも、多くの魔法を操れるだろうに。
「勉強してはいるんだけどね。何度やっても、上手くいかない。怖がってる限りは成功しないぞって兄さんにも言われてて、多分それが原因だとは思うんだけど、どうしてもね。だから、魔法を使わずに自分に出来ることを探して、今は勉強中」
ふぅん、と返事をして、主から目を離す。なるほど、それならば一応、自分が護衛する理由はあるかもしれない。他の守護騎士たちはこのことを知っているのだろうか。だとしたら――大した危険はないとは言っても、足場の悪い獣道や崖の近くなど、不注意によっては怪我をしかねない場所も多々ある道だ、あまり運動に長けていそうにない主を一人にさせるには不安だろう。生真面目なシグナムや慎重派のザフィーラは特に。
がさがさと草木をより分けながら、意外な手際のよさで草を摘むクラウスを、少しだけ見直していると、彼はある一点を見つめて立ち止まった。
「どーしたんですか?」
「ん、ちょっとね」
返事を濁しながら再び進んでいくクラウスに、ヴィータは首を傾げながらも付いていく。小柄な彼女は、しゃがんだ彼の後ろからソレを見て、ようやく納得した。
白いウサギが一匹、草むらにうずくまっている。生きてはいるようだが、人が近づいても逃げないところから察するに、怪我か病気だろう。しかも重症だ。
クラウスはそのウサギをあちこちつついたりなでたりしている。
「ん……骨が折れてる。罠が仕掛けてあるわけじゃないみたいだし、崖から落ちたのかな」
呟きながらも、彼はバッグからガーゼと水を取り出し、ウサギの足を拭き始める。主の行動に、ヴィータは再び首を傾げ、眉をひそめて口を開いた。
「何をしてるんです?」
「見ての通り、手当てだけど。ヴィータ、ちょっとお願いしていい?何本か枝を拾ってきて欲しいんだ。添え木にするから」
言われた通りに持ってきた枝を言われた通りの長さに折ると、彼は器用に包帯をウサギの後ろ足に巻いた。
「どうして、助けるんですか?」
「あれ、普通じゃないかな?」
普通じゃないとヴィータは思う。人の行き倒れでも見つけたならまだしも、獣が倒れているなど珍しくもないだろう。
「見つける度に手当てなんて、キリがねーです」
「うん、まあね。あんまり心得があるわけじゃないし、今まで見殺しにしてきたのもいるよ。でも、今は助けるだけの知識と道具があるからね」
「……それって、何か――その、嫌です」
たまたま助けられるから、助ける。間違ってはいないのだろうが、とても不公平な気がする。なら、見放されるものはどうするのだ。助けられる横で、あっさりと放棄されたら、あまりに浮かばれない。
「言いたいことは、何となく分かるよ。僕も自己満足だって思う。だけど――」
少しだけ言いよどんだ、その時の彼の顔を、どう表現すればいいのだろう。
かみ締めた唇は怒っているように見えたし、震えるまつげは悲しんでいるようにも見える。伏せられた視線ははかなく見えるが、その奥の瞳は強い意志にぎらついているようにも思えた。たまった何かを吐き出すように、彼は小さく息をして、それからヴィータに向かって微笑みかけた。
「ヴィータは騎士だから、多分、危険な目にあうことも少なくないんだよね?」
「――戦場に出るときは、いつでも」
戦とはつまり、殺し合いだ。守護騎士である自分はほとんどの人間よりも戦闘能力に優れてはいるものの、それでも気を抜けば、すぐに命を落とすだろう。
「僕はね、あまり外には出ないから、そういったことはほとんどなかったんだ。でも、一度だけ――」
ぱちん。
包帯をはさみで切ったその音が、ヴィータの耳に妙に残った。
「その時は、母と出かけていた。山道で賊に会ってね。乗っていた馬車ごと、皆殺しにされそうになった」
鉄槌の騎士は、黙って主の話を聞き続ける。手ににじんだ汗を、静かに握りしめた。
「気が付いたときには、屋敷の天井を見てた。僕だけが、生き残ったんだ。どうして助かったのかは分からない。はじめに僕を見つけた兄さんは、血の海に倒れてたって言ったけど、はっきりしない。覚えてるのは、母さんが必死に僕を守ろうとしてくれたことだけ。――ともかく僕は生かされた。他にも、生きたかったに違いない人たちを差し置いて」
手当てが終わったウサギを、クラウスがそっとなでる。白い耳がぴくりと動いた。
「多分、僕も思ったはずなんだ。生きたいって。死にたくないって。今でも、生きてて良かったって心から思う。だけど――」
腕の中の命をいたわるような優しい目と、過去に対する、ヴィータにははかり知れない感情。理由もなく落ち着かなくて、彼女は彼から目をそらせる。
「だけど、あの時に助からなかった人たちのことを思い浮かべると――すごく、辛い」
だから、誰かを死なせるのも、もちろん自分が死ぬのも嫌だ。
彼は自分の思いを吐き出すと、休憩するように口を閉じた。
ヴィータの方も、口にする言葉が見つからなくて、じっとクラウスの腕の中のウサギを見つめる。目を閉じて、人間の手にされるがままのウサギは、なぜか安心しているように見えた。
「ごめん、変なことを話したね。ヴィータはウサギ、好きかい?」
「え……」
ウサギはウサギだ、好きも嫌いもない。そう答えようとしたヴィータの前に、ふかふかの物体が突き出される。
「ほら、抱いてごらん。この子、結構人懐っこいみたいだ」
丸い目と数秒間にらめっこをする。おずおずと手を出すと、柔らかな、しかし確かな重みが腕から伝わってきた。
耳をひくつかせながら、見上げてくる赤い瞳。クラウスのまねをして背中をなでると、ウサギは気持ちよさそうに目を細めた。
「何だよ……少しは怖がれっての」
ヴィータの声に、ウサギは心もち首を傾げて鼻をひくひくとさせる。怪我をしてるのに、警戒心のないその仕草がなんだか可笑しくて、彼女は吹き出す。顔をあげるとクラウスがにこにこと微笑んでいて、頬が熱くなった。
*
額を指でさすると、赤い瞳が細まる。無造作に近づいても全く逃げようとしない目の前のウサギの様子を見て、ヴィータは口元を緩ませた。
「相変わらずふてぶてしいなぁ、お前は」
「すっかり元気になったね、その子」
クラウスが穏やかな声で言う。結局、一ヶ月程前に連れ帰ってきたそのウサギは、今は完全に回復して、外に放せば庭を駆け回るまでになっていた。あっちこっちと移動して、野草をかじる様から察するに、そこを自分のなわばりと思っているのかもしれない。
「そろそろ、放し時、かな」
「――なぁ、このまま、飼っちゃ駄目、なのか?」
ヴィータの声に、クラウスはかすかに顔を曇らせた。
「うん。それもいいかもしれないけれど、仲間がいないのもかわいそうだしね。この子だって、恋とかしたいんじゃないかな」
「……そっか」
「寂しいとは思うけど、落ち込まないで。別れた後も、森に行けばこの子がまた会いにくるかもしれないし、ひょっとしたら子供に会えるかもしれない。なあ、ハル?」
クラウスの呼びかけに、顔をむけて耳をひくつかせるウサギ。返事をしているみたいな仕草だった。
「それ、いいな」
素直にそう思ったヴィータの言葉に、クラウスは頷いて彼女の頭をなでる。
優しい笑顔。いつもにこやかな主にも、笑顔が何種類も存在する。ヴィータは、彼女をなでる時に見せる、慈しむような微笑が好きだった。兄がいたら、このような感じなのだろうか。
「なあ、クラウス」
主に改めて話しかけると、彼はその紅の目を細めたまま首を傾げた。
「ハルはさ、生きてて良かったって、きっと思ってる」
「ん。そうだと、いいな」
「助けたい奴を、助けられるだけ。あたしも、それでいい。文句がある奴がいたら、あたしが――ううん、あたしたちがぶっ飛ばしてやるよ」
例えば、あの蒼騎士が立ちふさがったとしても。全力で倒す。一人でかなわなければ、全員で。
ヴォルケンリッターの誇りと、自らの槌にかけて。
次は――いや、これからは、決して負けない。
「――ありがとう。すごく、嬉しい。頼りにしてるよ、ヴィータ」
クラウスが礼の言葉と共に彼女の頭を抱えたところで、軽いノックの音がする。
主の返事に応じて、はちみつ色の髪の女性が入ってきた。
「ごきげんよう、クラウス」
「姉さん!久しぶりだね。お休みがとれたんだ」
「いえ、休暇ではないのだけれど、近くに来ていたものだから――こちらが、お兄様がお話してた、貴方のお友達ね」
「うん、ヴィータっていうんだ。こちらは、アルマ姉さん。今はお城づとめをしてる」
ヴィータが慌ててお辞儀をすると、彼女は嬉しそうに微笑む。瞳の色は違うが、その表情は弟によく似ていた。
アルマ・アルベンハイム。話に聞いていた、綺麗で優しい、クラウスのお姉さん。
主と話すその姿は、確かに裏表なく、快活な印象だ。
なのに――ヴィータは冷や汗をかいている。
徐々に騒がしくなる鼓動に、彼女はつばを飲み込んだ。
次回予告
姉さんはいつも通りに楽しそう。守護騎士たちとも打ち解けてくれているみたいで、僕としても一安心。
だけど、時々曇る笑顔が気にかかる。僕のことは、心配しなくてもいいのに――
魔法少女なのはPS 第5話 誓いの十字架
次回も頑張ります!<
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