暖かい日差し。心地よい風。
その日のミッドチルダは、絶好の散歩日和だった。
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは、公園の中を歩いている。ちなみに私一人ではなく、隣には、元気良く話をする少女がいた。
「ここは、なのはママと、ヴィヴィオの、だいすきなばしょなんだよ」
「そうか」
ライトブラウンの髪の少女は、頷く私に笑いかけた。その微笑みは柔らかで、見る者の心を安らがせる。
彼女の名前は高町ヴィヴィオ。とある事件がきっかけで保護された女の子で、現在は高町なのはの娘として暮らしている。
機動六課が解散になって、少しの時が経つ。
六課の人々は離ればなれになり、私は目の前の少女と会う機会が減った。
母親が仕事に出ている間、ヴィヴィオの相手をしていたのはもっぱらアイナさん(六課の寮母さんだ)と私だったから、彼女がどうやって日中を過ごすのかは気にかけたものだった。
もちろん、私の心配は全くの杞憂ではあった。今年からヴィヴィオは魔法学院に通っている。
人懐っこい性格のおかげか、それとも親の教育の賜物か、学友とも上手くやっているようだった。
「おともだち、まえよりたくさんできたの。ええとね――」
彼女は弾むような口調で、仲の良い女の子の様子や、一緒に何をして遊んだかを話してくれる。しばらく見ていない間に、以前より言葉使いも流暢になり、幼いながらもより利発になっていた。
主はやての時も舌を巻いたものだが、子供の変化というものはとにかく著しいものだ。出会う度に何かを身につけており、いつもそれに驚かされる。
「あとね、ときどき、なのはママやフェイトママ、それにユーノくんやアルフもくるんだよ」
ヴィヴィオはそう言うと、恥ずかしそうに頬を赤らめてうつむいた。自分の近しい人たちを学友たちに見られるのは、気恥かしいのかもしれない。
その様子を思い浮かべる。
ことある毎に様子を見に来るなのはたちと、それを見てはしゃぐ子供たち。一人、居心地悪そうにするヴィヴィオ。微笑ましい構図に思わず頬が緩む。
「ザフィーラも――」
遠慮がちに放たれる声に、私は小さく首を傾げてヴィヴィオを見る。
彼女は少しうつむいた後、こちらを見つめて口を開いた。
「ザフィーラも、くる?」
幼い少女の、真剣な言葉。
疑問の形をとってはいたが、朴念仁の私にも、それが単なる問いではないことくらいはわかった。
「――ヴィヴィオが気にしないのなら、一度様子を見に行こう」
返事をすると、ヴィヴィオは花咲くような微笑みを見せる。私を学院に招待しても良い相手だとヴィヴィオが思ってくれているのは、素直に喜ばしいことだった。
そう言えば、魔法学院は動物立ち入りOKだろうか――
そんな疑問を頭でこねている間。
ふと、ヴィヴィオが立ち止まる。
見上げると、彼女は顔を横に向けてある一方向を見つめている。それを追った先には、ヴィヴィオと同じくらいの小さな男の子と、その親らしき女性がいた。
子供の方は声をあげて泣いており、親の方は子をなだめているようである。
何事か、と普通ならば思うところなのだろうが、今回に限っては、原因が分かりやすく目に見えた。
「ふうせんが、とんでいっちゃったのかな」
ヴィヴィオの呟きに、私はおそらくそうだろうと首を縦に振る。
親子の近くには太い木が根を生やしており、彼らの頭上にまで枝がのびている。そしてその枝の先に、緑色の風船がひっかかっていたのだ。
「あれ、とれないかな」
枝の位置は、背の高い男性が跳躍して届くかどうかという程度。確かに、人によっては何とかなる高さではある。しかしこの中で一番背の高い人物は小柄な女性であり、とても触れられそうにはない。魔法を使って空を飛べば、風船を取るくらいは造作もないことだが、街中で事件でもないのに魔法を使うのは問題である。
私は、隣の少女の顔を見る。ヴィヴィオは、眉を八の字にしてじっと風船に目を向けている。視線で物がつかめそうなくらいの熱心さだった。
他の誰かのために、一生懸命になれる。
それが例え、見知らぬ誰かであっても。
ヴィヴィオとなのはがよく似た親子だと改めて感じ、小さく苦笑する。
それから、私は静かに決心をした。
「ヴィヴィオ、驚かないでほしいのだが――」
私は少女に断りを入れた後、物陰に隠れる。
人型に変身して姿を現すと、彼女は目を瞬かせた。
さて、何と言って説明をするべきか。
目の前に突然筋肉隆々の大男が出てくれば、怖がるか警戒するのが普通の反応だろう。魔法の知識がある分、ヴィヴィオは驚かないだろうが、それにしてもすぐに納得してもらえるとは思えない。
「――ザフィーラだ」
迷った挙句、とりあえずは名乗ってみせる。
少女の首が不思議そうに傾くのを見て、自分の口下手加減が情けなくなった。これが例えば主殿であれば、如才なく段取りをして、分かりやすい説明ができるに違いない
しかし。
私の考えをまるで見透かしているかのように――ヴィヴィオは屈託なく笑う。
「ザフィーラ、おおきい」
その無邪気な口調で、少女は目前の男を抵抗なく歓迎していることが分かった。
ヴィヴィオの純粋さに、私は安心する。
そして一瞬後。
彼女の言葉に、私は自分の感想を恥じることになった。
「ひとになっても、おなじ。やっぱり、ザフィーラ」
ヴィヴィオは呟きながら、私のももに手を触れた。
ザフィーラを名乗る人物をあっさりと信用したのは、決して私の言葉を鵜呑みにしたからではない。自分の感覚で、きちんと普段の私と同じ存在だと判断していたのである。その鋭さと聡明さには、両手をあげる他なかった。
私はヴィヴィオを連れて、件の親子と風船に歩み寄る。
手短に挨拶してから、緑の球体とつながっている糸を見た。やはり、今の身長と跳躍力であれば十分に手の届く距離だ。
しかし私はそれを実行する前に、少女の前でしゃがみ、視線を合わせる。
「ヴィヴィオが取るか?」
私の質問に彼女は首を傾げる。両手で何かを持ち上げる動作をすると、彼女はすぐに意味を察して、元気良く頷いた。
男の子の力になってあげたい。そう考えたのはヴィヴィオだ。ならば、私はその手助けをするのが、よりふさわしい役目であろう。
ヴィヴィオの腰を両手で抱え、持ちあげる。
彼女が精一杯に手を伸ばす。
「んっ――」
葉が揺れる音と、彼女の苦しそうな声。
枝にはかろうじて指が触れるが、その先にかかっている風船の糸には手が届かない。そんなもどかしい距離だった。
「ヴィヴィオ、まずは枝をつかんでくれ」
指示を出しながら、少女の体を、枝の一番低い部分に移動させる。小さな白い手が、枝の先端をしっかりととらえた。
「それを、下に引き寄せる。できるか?」
ヴィヴィオの腕が曲がると、枝がしなり、私たちの方に近づく。自然と風船の糸も少女の手の届く位置に向かってくる。
「そうだ。そのまま、もう片方の手で――」
ヴィヴィオは私の意図を正確に理解して、無事風船の糸を左手でつかむ。
掛け声と共にガサガサと枝の擦れる音がして、同時に下から歓声が上がった。
「とれた!」
その場で一番喜んだのは、ひょっとしたらヴィヴィオだったかもしれない。私が彼女を地面に降ろすと、男の子に風船を手渡し、手を取り合ってとび跳ねた。
興奮が収まった後の別れ際、母親の方は何度も頭を下げ、男の子の方は幾度も手をこちらに振った。ヴィヴィオはその度、おじぎをしたり、手を振ったりと忙しく振舞った。
「――よくやったな」
親子が見えなくなってから、私はヴィヴィオの頭をなでる。
くすぐったそうな声をあげた後、少女は満面の笑みを私に向けた。
「ね、ザフィーラ」
私が視線で先を促すと、彼女ははにかむようにして、私を上目づかいに見る。
「さっきの、もういっかい、やって?」
さっき、というのは、疑似「たかいたかい」のことだろうか。
私が再びしゃがんでヴィヴィオに触れようとすると、彼女は首を振る。
「えっとね、かたのうえにすわるの」
少女の言う構図を頭に思い浮かべようとすること数秒。
肩車を依頼されているのだと気付いた私は、頷いてから改めて彼女を抱える。
肩の上に乗せると、彼女は手を私の頭に置いて、はしゃぐような声をあげた。
「ザフィーラ、やっぱりおおきい」
「今はヴィヴィオの方が少し高いな」
そんなやりとりをして、私たちは家族のように笑い合う。
肩の上の重みは、以前より少しだけ増しただろうか。
きっと、身体的にも健やかに成長しているのだろう。そう思うと、形容しがたい暖かい心持ちになる。
「このまま、少し歩くか」
言い終わらないうちに、私は一歩、足を踏み出す。
やわらかな風が吹いて、草木が歌うようにさざめく。
日の光を目いっぱいに浴びているそれらから、瑞々しい匂いが広がる。
私はその空気を肺に吸い込みながら、午後の公園の道を二本の脚で歩き出した。
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