目を覚ますと、天井を見上げていた。
いたって普通の光景である。
しかし、それはあくまで人間の場合だ。
私の場合、意識が覚醒してはじめに見るのは地面である。
いつの間にか、人型になっていたのだろうか。今までにこんなことはなかったのだが――
奇妙に思いながら、周囲を見渡す。
隣に、息のかかりそうな距離で、主はやての寝顔があった。
(――!?)
すんでのところで自分の口をふさぎ、飛び出そうになる声と心臓をおさえる。彼女は可愛らしい寝息をかすかに立てながら寝返りをうって、私から顔をそらす。そこで、私はようやく呼吸を再開した。
一体どういうことだろう。私が彼女に添い寝するなど、相当のレアケースだ。こんなことがあれば、経緯がどのようであれ、ひと悶着あったに違いない。
しかし、そんなイベントは私の記憶にはない。それどころか、私は昨日確かに居間で寝ていたはずである。
これは一体どういうことだろう――
釈然としないままに、私は体を起こす。
見下ろした視線の先には、シックなパジャマに、そこからのぞく華奢な手。
そして、異様に盛り上がった、胸元。
触ってみる。
形容しがたい、柔らかな感触。
その心地よい手触りが、受け入れ難い事実を頭に伝える。
これは――自分の体ではない。
先程から視界にちらつく、ふわふわとした金色の髪が、私の認識を強固なものにしていく。
そこまでして、ようやく、動揺が喉に伝わり――
「きゃあああああああっ!?」
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター、ザフィーラが叫ぶよりも一瞬早く。
階下で、野太い悲鳴が響いた。
*
「原因は分からんけど――」
主はやては、朝食後の食器を洗いながら、首を傾げる。
「守護騎士システムのリンク不良、やろか。昨日のロストロギア調査が何か影響を与えたんかもな」
主殿の推理に、隣の大男と私――もとい、私の姿をしたシャマルと、シャマルの姿をした私は、同時に腕を組んで唸った。
確かに、彼女たちと私の3人は、昨日は共同で調査をしていた。相手は正体不明の古代物、加えてシャマルと私は、同じものから生まれ出でたプログラムである。これくらいのことは許容範囲、と言えばそうなのかもしれない。
「まあ、他の子たちに異常ないちゅうことは、夜天の書自体に問題があるわけやなさそうやし、そのうち治るんちゃうかな」
「そうですね――」
主の結論に、頬に手を当てて、かすかに眉をひそめながらため息まじりに答えるシャマル。
その仕草は、実に女性らしいものだ。
だからこそ……私が言うのもなんだが……
「シャマル」
「何、ヴィータちゃん?」
名前を呼ばれてにこやかに振り返るシャマルに、ヴィータは眉間を押さえながらしみじみと言う。
「――何つーか、気色悪い」
朱色の髪の少女が口にした言葉に、シャマルがのけぞった。
「ひ、ひどい!私はいつも通りじゃないヴィータちゃーん!!」
「女言葉も使うなー!」
その怒号で、シャマルはヴィータが何を気にしているのかを察したらしい。
納得したように両手を合わせた後――
「うっふん♪」
やたら、可愛らしさを演出しようとした声を出した。
繰り返すが、彼女の姿は筋肉隆々の男性の姿である。
想像していただきたい。
体のラインを強調するようなセクシィなポーズをとって、ウィンクする男の姿を――いやすまない、手遅れだが想像しないでいただきたい。
「……頼む、本気で勘弁してくれ」
私の心底情けない声に、シャマルは小さく笑ってポーズをといた。
「ところで」
キッチンから出てきた主はやては、顎に人差し指を当てて小首を傾げる。
「今日の仕事、どないしよか?」
彼女の素朴な疑問に、私たちは一斉に顔を見合わせた。
*
「――はい、それではよろしくお願いします」
私は、通信を切った後、小さく息を吐く。
「お疲れ様。こっちもこれで終わりよ」
シャマルは空中のキーボードをひときわ大きく叩いた後、伸びをする。報告書の作成が終わったらしい。
私たちは、機動六課の医務室に二人でつめている。
理由は単純で、私が一人でシャマルの仕事を肩代わりするには、何かと問題があったからだ(その逆もしかりなのだが、幸いにも私の方には予定が入っていなかった)。
シャマルが変身魔法を使って、いつもの姿になれば万事解決だ、と思う方も多いに違いない。私も是非そうしてほしかった。
しかし入れ替わった影響だろうか。魔法の類は、「現在の体」の魔法しか使えず、その精度も普段に比べるとかなり落ちてしまっている。
変装を行うとすれば、私がシャマルに向かって魔法をかけることになるのだが――行使して、何かのきっかけで解けてしまうとも限らない。
仕事中に変身魔法が解けたら、どうなるか。シャマル(現在大男)は、変質者扱いで叩きのめされるだろう。
それは危険だと頭を悩ました挙句出した結論が、私がシャマルの仕事をし、シャマルはリアルタイムで私に指示をするというものだった。
私は一挙一動に冷汗をかきながら、二人羽織のようなアクロバットを続け、一日の業務も終わりに近づいて、ようやくシャマルのふりに慣れてきたところである。
「今日は急患もいないし、ザフィーラが手伝ってくれるし。助かるわ」
シャマルの台詞に、私は軽く肩をすくめた。確かに、患者の数も少ないし、来ても私の劣化治癒魔法で終わってしまうものがほとんどだった。その点は実に幸運だったと言っていい。
それでも、書類整理やら備品点検やら、私だけでは到底できない仕事が満載だった。医務室の先生は、想像以上に忙しいものらしい。
「触診の必要がある子とか、肌を見なきゃいけない子とか、来なくて残念ね、ザフィーラ?」
シャマルは含み笑いをして言うが、実際にそんな事態になったならば、彼女はきっと変身魔法を使わせてでも自分自身で診察するだろう。
「ところで――えっと――」
言いにくそうにもじもじとするシャマル。本当に繰り返しで恐縮だが、やはり自分がしおらしい仕草をしているのは非常に気味が悪い。
「どうした」
「あのね、お手洗いに、行ってきたいんだけど」
「……今までの要領で頼む」
「はーい……」
シャマルは仕方がなさそうに獣姿に変身して、部屋を出る。
我々の会話がどういう意味なのか?それは詳しくは言えない。どうか、ノイズと思って聞き流していただきたい。
さて、彼女がいない間に、何事もなければいいのだが――
そういう時に限って、困難が舞い込んでくるのが、世の中の常というものだ。
「失礼します」
入ってきた人物に、私は小さく眼を見開いた。
高町なのは。
この場所に無縁な印象の彼女が、何用だろう。
「どうしたの?」
「え?えっと、今日は定期検診ですよね?」
定期検診?その言葉も初耳である。
いきなり展開される深刻な状況に戸惑いながら、私は唇を上に引き上げた。
「ご、ごめんなさい。そうだったわね」
不自然なごまかし笑いを見せる私を、特に不審に思う様子もなく、なのはは上着を脱ぎ始める。
そのまま、彼女はシャツの首元を緩め――
「――ちょっと待っ」
「ふぇ、どうしました、シャマルさん?」
そのままの服装で、ちょこんと椅子に座りなおしたなのはに、私は脱力した。
そうか、別にシャツまで脱ぐわけではないのか。
安堵しつつも、私はシャマルに通信を飛ばす。
(シャマル、シャマル。高町なのはが検診に来ているのだが――)
(っきゃああああ!!やめっ、ああんっ!)
返ってきた通信に、背中から嫌な汗が流れる。一体シャマルは何をしているのだろう。ロクでもないことに巻き込まれているものと推測されるが――
ともかく、シャマルの説明は期待できそうにない。
必死に頭を回転させる。
なのはがここに来た用事が何にせよ、私がおいそれと介入していいものではない。なのはは気にしないかもしれないが、少なくとも私がシャマルでないということを隠して話を聞くのはフェアではない。
ならば、なのはに素直に事情を打ち明けるか。彼女なら入れ替わっていることを話しても問題ないだろう。
そう思って口を開き――
ふと、なのはの首筋を見て、別の言葉を吐き出していた。
「――首、怪我してるわね」
「あれ。模擬戦の時についたのかな――大丈夫ですよ」
「見せなさい」
勝手に、口から強い言葉が飛び出る。
内心驚く私の傍らで、なのはは素直に襟をめくって首筋を見せる。痣になっているその部分に手を当てて、ヒーリングをしながら、改めて彼女の顔を見た。
それに気付いたのは、自分が今、女性の体だったからなのだろうか。
なのはが、うっすらと化粧をしている。
彼女は、普段から化粧をしていただろうか。自信はないが――職業柄、想像しがたい。仮にしていたとしても、私が気付くようなものでなく、もっと薄いものに違いない。
では、なぜわざわざそんなことをするのか。
ただのお洒落ならばいい。しかし私には、一つの仮説が頭に思い浮かんで、どんどんと膨らんでいる。
つまり――化粧をしているのは、何かを隠したいからだ、と。
「疲れてるみたいだけど、ちゃんと寝てる?」
目元を見つめながら、何とはなしにカマをかけてみると、彼女は目に見えて動揺した。
「え――ええ、もちろんですよ」
答えも、どこか言い淀んでいて、力がない。私は漠然とした印象を確信に変えて、彼女に質問を重ねる。
「何時間?」
「よ、4時間くらい、でしょうか」
4時間。人間の平均からすれば短いが、まあ、目くじらを立てるほどではない。少し指導をする程度だろう。
と、簡単に納得できるほど、今の私は甘くない。
「そう――」
うなずいた私を見て、なのはが安堵の表情を浮かべたのを、私は見逃さなかった。
ああ、これが女の勘というやつなのだろうか。だとすれば――まったくもって恐ろしい。
心のどこかでそう思いながらも、口調はあくまで平静に、なのはを追及する。
「――それは、昨日?」
彼女の唇が、ひきつる。
視線が宙を泳いだ後、観念したようにうなだれて、口を開く。
「ここ3日で、です」
次の瞬間、私は彼女をベッドに放り投げた。
「ま、待ってください!まだ今日もすることが――」
「外出があるなら、その頃に起こすわ。他の仕事は後回し。寝ていなさい」
「……は、はい」
沈んだなのはの返事を背中で受けながら、私はヴィータに連絡をとり、なのはの様子を伝え、スケジュール調整を頼む。
スターズの副隊長は、ことさら不機嫌に私の言葉に頷いた。激務を隠していたなのはと、それに気付けなかった自分自身に腹を立てているのだろう。そう考えると、彼女の反応が微笑ましい。
それからなのはに声をかけようとすると、彼女は既に寝息をたてていた。
「――やれやれだ」
あどけない寝顔に、私は小さく苦笑した。
皆に心配や負担をかけまいとする気持ち、分からなくもない。
だから、平気なふりをして、さらに無理を重ねる。
自分が倒れたら、余計に迷惑をかけてしまうことを十分に承知した上で、それでもつい働いてしまうのだろう。まったく困った性分である。フェイトが気を揉むのも無理はない。
せめて、少しでも体が休まることを願いながら、私は彼女にシーツをかけ直す。
ベッドに投げ出した拍子に、少し乱れた彼女の髪を整え――
「私の体で、何やってるのよ!」
戻ってきたらしい蒼い獣が、入口で叫び声をあげた。
「待て!なんのことだ!?」
「なのはちゃんをてごめにしようなんて、許さないわよ!」
「そんなわけないだろう!」
落ち着いて考えれば分かることだ。私にそんな甲斐性はない(我ながら、それもどうかと思うが)。それに、いつ誰が入ってくるかもしれない場所で、やましいことをするわけがない。
しかしシャマルの耳には、私の言葉は届かない。
「問答無用!」
シャマルは魔力の鎖で私を束縛する。バランスを崩して転がった私の上から、唸り声が聞こえた。
もう、どうにでもしてくれ――
諦めて、体の力を抜いた、その時。
「失礼しまーす。シャマルさん、ちょっとご相談が――」
シャリオ・フェニーノが入ってきて、私たちの姿を見て硬直した。
その場には、拘束されている白衣の女性と、それにのしかかっている獣一匹(ベッドに寝ているなのはは、シャリオからは見えなかったろう)。
「ざ、ザフィーラさん!?」
「あ、ええと、これはね、そうじゃないの!」
シャマルが慌てて事情を説明しようとするが、獣姿の彼女が口を開いては意味がない。
「シャリオ、落ち着いて――」
私も説得に回ろうと言葉を紡ぐが、そもそもシャリオは既に聞く耳を持っていなかった。
「し、知りませんでした。お二人がそんな関係だったなんて――ご、ごゆっくり!」
扉が閉まる音が、虚しく響く。
残された私たちは、なのはが目覚めるまで無言のままだった。
*
その後。
私たちは、入れ替わった時と同様に、唐突に元に戻った。
日常は相変わらずの様子で回っており、なのはも倒れることなく、つつがなく日々を送っているようだ。結構なことである。
しかし、取り返しのつかないものもあったことは、察していただきたい。
「私――むしろ、縛る方なのに――」
ある日、そう漏らしたシャマルの言葉を、私は全力で無視し、代わりに尻尾を一振りした。
時にシャマルさん、犬状態で何があったw
ザフィーラ小説を探してここにたどり着きました。
これからも期待してます。