「スマアアアァァッシュ!」
盛大な叫び声と共に、軽快な音が響く。流れるようなフォームから打ちだされたソレは、風を切るように一直線に宙を羽ばたき――
「あうっ!?」
なのはの額に、直撃した。
おでこをおさえて涙目になる彼女にフェイトが駆け寄り、なのははにこやかに笑って大丈夫だと答える。
「ある意味器用よね……しっかり反応しておいて、わざわざ喰らわなくてもいいじゃない」
なのはに一撃を当てた張本人、アリサが呆れたように呟く。しょげかえるなのはに、フェイトがフォローを入れた。
少女たちの仲睦まじい様子は、いつも通りの光景である――もとい、いつもと違う所が一点。それは、彼女たちの服装がいつもより華やかであるということだ。着物と呼んでいるらしいその服は、少女たちを鮮やかに彩っている。機能性はともかく、人目をひくことは疑いなかった。
ここは月村邸。正月と呼ばれる今の時期は、なのはたちの世界では休日にあたるらしい。幸いにも時空管理局からの緊急出動もなく、年若い局員たちは友人たちとの休暇を楽しんでいる。
「さて――体も暖まってきたことだし、そろそろ始めましょうか」
「何を始めるの、アリサちゃん?」
小首を傾げるすずかに、アリサは不敵に笑いながら、天に向かって拳を突き出す。
「仁義なき、女の戦いを、よ!」
「――えーと、ペナルティがつく、ちゅうことでええんかな」
高らかに言ったその台詞を、日常に噛み砕いて補足するはやて。アリサはわが意を得たりとばかりに大きく頷き、どこからともなく墨汁と筆を持ちだした。
「まずはなのはとフェイト!」
アリサに唐突に指名され、フェイトは目を瞬かせ、なのはは「よろしくね」と言いながら、羽子板を構える。
しばらくは規則的な音とともに、羽根が柔らかに宙を舞っていたのだが、やはり誰しも得手不得手というものがある。
白の袖と共にひらめかせたなのはの腕は、羽根には届かず、空振りの音を響かせた。
「栄誉ある最初の敗者はなのはね。さあフェイト、芸術を刻むのよっ」
手渡された筆とアリサの顔を交互に見るフェイトに、ライトブラウンの髪の少女は説明を加える。フェイトの顔は、遠めに見ても分かるくらいに青ざめた。
「か、顔に、落書き、するの!?」
そういうルールだと説得するアリサに、フェイトは完全に硬直する。彼女にとって、なのはに悪戯するのは、むしろ自分が落書きされるよりも重たいペナルティかもしれなかった。
「フェイトちゃんになら、いいよ――」
そんな金髪の少女の気持ちを察したのかもしれない。ツインテールの少女は、フェイトに顔を突き出したままゆっくりと目を閉じる。フェイトは顔を赤らめながらも意を決して頷き、震える手で、親友の頬に手を添えた。
「んっ、くすぐった、いっ」
「もう少しだけ我慢して。すぐに終わるよ」
身をよじるなのはに、フェイトは真剣な声で言葉を返す。宣言通りにものの数秒で離れると、すずかが手を叩いて歓声をあげた。
「なのはちゃん可愛い!」
落書きをされた顔でほめられるとは思っていなかったのだろう。なのははきょとんとした表情で友人たちを見る。はやてが彼女にコンパクトを渡し、なのはは自分の頬を見て、苦笑しながら一言呟いた。
「にゃあ」
その瞬間、フェイトの体がよろめいたのは、恐らく気のせいではないだろう。そのまま卒倒してしまうのではないかと若干不安になったが、彼女は持ちこたえ、筆をアリサに返した。
「むー、もっとえげつないのを期待してたんだけど。まあ、フェイトには無理な注文か。じゃあ次、はやてと私ね」
名前を呼ばれた夜天の主は、待っていたといわんばかりの表情で羽子板を手にとる。
「ふっふっふ……手加減せえへんよ、アリサちゃん」
はやては、抑えるような声で言い、唇を斜めにする。管理局で死線をくぐりぬけている彼女の微笑みには、少女の愛らしさと戦士の精悍さが同居していた。
「ふ、はやてこそ覚悟しなさい。このアリサ、容赦しないわ」
アリサは鋭い視線を真正面から受け止め、紅の着物をひらめかせて、はやてに羽子板を突き付ける。
数秒の沈黙。
二人は、西部劇のガンマンさながらに構えたまま向き合っている。
おもむろに打ち出されたアリサの羽根を、はやては無駄のない動作で返した。
「やっぱりはやてにはタヌキよねっ。その可愛い顔でぽんぽこ言わせてあげるわっ!」
「あっはっは、アリサちゃんはジョークのセンスも一流やな! ええよ、やるなら徹底的に! そうでないと失礼や!」
「え、あれ、二人とも、キャラが変わってない、かな?」
すずかの心配をよそに、少女たちは妙なテンションで羽根を打ち合う。
アリサが強烈なスマッシュの後、ひげを描いたかと思えば、はやてが絶妙な間合いでアリサのミスを誘い、彼女の頬に渦巻きをつける。
十分後には、壮絶な化粧が互いの顔に施されていた。真っ黒に塗りつぶされておらず、それぞれの落書きの形が分かる辺り、二人の絵心をほめるべきなのかもしれない。
「ふふ――やってくれるわね、はやて」
「アリサちゃんこそ、見事な腕前や」
彼女たちは何故だか晴々と笑った後、羽子板をおろした。満足したらしい。
「さ、次はお待ちかねのすずかよ。相手は――無傷のフェイトかしらね」
「ううっ、なんだかやだなぁ」
小さな声でぼやき、困ったように笑いながらすずかが一歩進み出る。その前には、金の髪をなびかせる少女が立ちはだかった。
「遠慮はいらないよ、すずか」
「うん――そうだよね。よし、私もフェイトちゃんの顔、可愛くしちゃうぞっ」
おっとりと言いながら、すずかは羽根を高らかに上げて、それを打つ。
まるで弾丸のような、羽根突きにはふさわしくない軌道で迫る羽根を、フェイトは両手で打ち返す。
足元に落ちる羽根をすずかがすくいあげ、ふわりと上がったソレを、今度はフェイトが打ち込む。
一進一退の攻防。しかし、ラリーを続けていくと、徐々に均衡が崩れてきた。
「くっ」
フェイトが羽根を打ち上げ、態勢を整える間にすずかが上から叩き込む。数回程、そんなやり取りが続いている。
「これは、すずかの勝ちかな?」
アリサの呟きに、はやてが人差し指を振った。
「こんないい勝負、簡単に終わらせるのはもったいないなぁ」
それから彼女は、なのはの顔を意味深に一瞥した後、大声でフェイトに呼び掛ける。
「フェイトちゃん、ファイト!勝ったらなのはちゃんがちゅーしてくれるよ!」
「うん、頑張ってフェイトちゃん――って、ええっ!?」
ワンテンポ遅れて驚いたなのはの前で、羽根が軽やかな音を立てて大きく跳ね上がる。変わらずに放たれるすずかの痛烈な当たりを、フェイトはしっかりと受け止めた。
「……本当に効いてるんだけど」
実際のところ、アリサの呟いたとおりに効果があったのかは知る由がない。
しかし、そう勘ぐってしまっても仕方がないほど、フェイトの動きは明らかに速く、鋭くなっていた。
「なんの、すずか!勝ったら、私の胸触らしてあげる!」
「なんやて!?」
恐らく応援のつもりで言ったであろうアリサの言葉に、何故かはやてが反応する。今度の言葉も、かなり明確に効果があった。
というのも、試合をしていた二人は、揃って脱力して体勢を崩したからだ。
フェイトやすずかの気持ちを表すかのようにふらふらと上がった羽根は、弱々しく回転しながら空間を進み――
二人のちょうど中央に、ぽとりと落ちた。
「あ」
「……最後に打ったの、フェイトちゃんだっけ?」
「そうなんやけど、うーん、微妙やね。すずかちゃんの取り損ねにも、フェイトちゃんの打ち損じにも見えるし」
なのはとはやてのやりとりに腕を組んだアリサは、やがて厳かに口を開いた。
「両・成・敗」
その結論にあっけにとられる少女たちの前で、アリサは筆を振りかざす。
「えっと、二人ともペナルティ、ってこと?」
小さく両手を挙げて微弱な抵抗をするすずかに向かって、アリサは狩りをする瞬間の肉食獣のような笑みを浮かべ、飛びかかった。
「その通り!さあすずか、頬を出しなさい!可愛がってあげるわっ!」
「か、描く人ってフェイトちゃんじゃないの!?ちょっと、まっ」
「あーれー」と、この世界の古風な悲鳴をあげるすずかの隣で、なのはとはやてはフェイトに筆を向ける。
「や、優しくしてね」
「……なんや、その台詞、そそるなぁ」
声だけ聞いたら、いかがわしい想像をしてしまいそうな会話が横行し、しばらくの間少女たちの歓声が庭に響き渡る。
すずかとフェイトの顔が見事にペインティングされたのをひとしきり堪能した後、アリサが、天を仰ぐように大きく伸びをした。
「さ、羽根突きは一通り楽しんだし――」
「うん、顔、洗おうか」
なのはの返事に、アリサが目を細める。
「何言ってるの。一人だけ仲間はずれな子がいるじゃない」
髪の毛を揺らして首をひねる少女を掴んで、アリサは耳打ちをする。何事かと寄ってきた他の同級生たちも、その内緒話に加わった。
ひそひそ話をすること、数十秒。
墨を顔に塗りたくった少女たちが、一斉に振り返る。そして、彼女たちは――
僕、ユーノ・スクライアを見て、にやりと笑った。
「ど、どうしたの?」
後ずさる僕に、アリサが一足飛びに迫り寄る。フェレット姿で皆の様子を眺めていた僕は、その素早い動きにあっけにとられている間にあっさりと捕まった。
「決まってるじゃない、ユーノくぅん」
彼女の出す甘い声が、むしろ恐ろしい。
「は、羽根突きって、女性が楽しむものだって聞いたことがあるんだけど」
「大丈夫よ、男の子でも十分楽しめるからっ」
「それに、ユーノくんなら着物も意外と似合うかもなぁ」
「二人とも冗談きつい!」
アリサとはやての言動に、きゅーきゅーと鳴きながら暴れてみせるが、少女の手は僕をがっちりとつかんで離さない。
僕は必死になのはに視線を送る。
一分も続けたら穴があきそうなほどの熱烈なアイコンタクト。
すぐさま気付いたツインテールの少女は、申し訳なさそうに、しかしどこか楽しそうに。
墨汁をたっぷりと含んだ筆を取り出した。
「後で、ちゃーんとお風呂に入れてあげるからね」
「そういう問題じゃないよなのは!」
抵抗も空しく、ぺとりと頬に筆が当たった。
その感触に、思わず身震いする。
周りの少女たちは、天使のようにあどけない笑顔のまま、筆を操り――
「きゅー!」
正月ののどかな午後。
月村家に、我ながら情けない、哀れな鳴き声が響いた。
不幸役は彼の専売特許なのに・・・
>後で、ちゃーんとお風呂に入れてあげるからね」
こんな美味しい不幸だけ、淫獣行きとは・・・
ザフィ頑張って、不幸を手にするんだ!
淫獣なんかに負けるな!!