太陽が急ぎ足に落ちる夕暮れ時。フェイト・T・ハラオウンはマフラーを巻きなおしながら、友人たちと共に街路を歩く。
なのはが、ツインテールを揺らしながら弾んだ声で言った。
「もうすっかりクリスマスって感じだよねー」
「そうやね。街並みがきらびやかや」
はやてが白い息とともに同意の返事をする。フェイトも同様にうなずいてから、周りの風景を見渡した。
季節は冬。師走と呼ばれる忙しい月は、しかし祭りのような賑やかな雰囲気を同時に運んでくる。それは、街を彩るイルミネーションや、赤と緑のカラーリングと無関係ではないだろう。すれ違う人も心なしか上機嫌に見えるし、どこからか流れてくる曲も、心を浮き立たせるように感じた。
「そういえば、クリスマスプレゼント、何が欲しいかもう決めた?」
アリサが、思い出したように言う。
「私は、毎年何も言ってないから……」
すずかが淡く微笑んで返事をすると、ライトブラウンの髪の少女は大げさにのけ反って目を見開いた。
「嘘!?それはかえってご両親が大変よ!?」
「え、でも、お父さんやお母さんがくれるものなら、何でもすごく嬉しいし」
「そうは言っても、毎年プレゼントを考える身にもなりなさいって」
「まあまあ。プレゼントを準備する時間も楽しいんやないかな」
(クリスマスプレゼント――か)
フェイトは、アリサたちの言葉を聞きながら、朱から黒色に変わりつつある空を見上げる。
海鳴市で過ごすようになり、この世界での文化にも随分と慣れた。クリスマスがどういうものかも分かっているつもりだし、プレゼントをもらえる由来も知っている。
良い子には、サンタクロースがプレゼントをくれる。
フェイトはサンタクロースのことを詳しくなのはに聞こうとして、彼女を困らせたことを思い出す。推測と調査の結果、それなりの労力を費やして、サンタとは人物であることや、プレゼントが子供たちに贈られるシステムを知った。
フェイトの友人たちは、当然ながら日本に住んでいる時間が彼女よりも長い。だから今も、誰もサンタと両親との関係性について問わなかった。
その存在を信じているか否か、ということについては、フェイトは特に是非はない。
ただ――
サンタクロースが訪れる子と、そうでない子がいる。
その事に思い当った時、胸が締め付けられるのを感じた。
(あの子たちの所に行こうかな――)
ふと、自分が保護をした子供たちの顔が、頭をよぎる。
時折訪れる、管理局の保護施設。
執務官になってから接することの増えた、身寄りのない子たち。
彼らは今、素敵な夢を見られているだろうか。
「どうしたの、フェイトちゃん?何だか真剣な顔してるけど」
「え――ううん、何でもないよ」
なのはの問いかけに、フェイトは反射的にそう答えた。隠すほどのことではないし、友人たちも真剣に話を聞いてくれるに違いないのだが――自分の思いつきで、彼女たちを振り回せたくない。
しかしフェイトの場合、往々にして、そういった気配りが相手に筒抜けてしまったりする。
そう、今も。
なのはが小首を傾げながら、フェイトをまっすぐに見つめていた。
その仕草は、まるで小動物のようで可愛らしいのだが、フェイトにとってはあまりありがたくないサインだ。何しろ、なのはがその表情をした時に、フェイトの口にしたごまかしが通じた試しがない。
フェイトたちの間に流れる空気を敏感に感じ取ったすずかが、アリサやはやてに目配せし、更にアリサがフェイトに向かってすぐさま行動にうつる。
「なあにフェイト。この面子で、悩み事を隠せると思ってるのぉ?うりうり、白状しなさぁい!」
「あっ、ちょっ、アリサ、冷たっ、くすぐったいよっ」
アリサが冗談半分に、フェイトの首筋に両手をはわせる。マフラーをかいくぐり、巧みに肌をなぞる指に、フェイトは鳥肌をたたせた。
「くっくっく!良いではないか良いではないかぁぁ!」
「アリサっ、キャラがちがっ、あうっ」
「なんや、フェイトちゃん色っぽい声やなぁ。私ももっと聞きたい」
「は、はやてまで――!?」
アリサの戯れは、他の友人たちにも伝染し、商店街に笑い声が響く。
結局、同級生たちの拷問(くすぐり)に屈したフェイトは、何とはなしに考えていたことを洗いざらい話す羽目になった。
*
「ぷ……」
空気が漏れるようなその音は、鉄槌の騎士ことヴィータのふき出した息の仕業。彼女の視線の先は、同じ守護騎士であるザフィーラの頭だ。フェイトが見る限りおかしいところは何もないと思うのだが、家族から見たら何か感じるところがあるのかもしれない。
ザフィーラの格好は、12月下旬ともなれば、巷で割と見られるファッションである。更に言うと、フェイトたちも彼に類する服装だ。
つまり――
「サンタクロース役だけでなく、トナカイ役もいるというのは都合がいいな」
「ザフィーラの帽子、角付きで格好良いですぅ!」
シグナムとリインが言う通り、フェイト、なのは、そして八神家の面々は、揃ってサンタクロース御一行の仮装をしているのである。
「お前、ついでにそりでも引いたらどうだ?」
「子供が怖がるだろう」
「そんなことないわよ。乗せてあげたら絶対喜ぶわ」
わいわいと話す守護騎士一同の傍らで、すずかが申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね。一緒に行けたらよかったんだけど」
「ううん。場所がミッドだし、話も急だったから」
ヘアバンドの少女の謝罪に、フェイトは慌てて答えた。各自の予定もあるだろうに、都合をつけてくれたり、謝られたりして、むしろフェイトの方が心苦しいくらいだ。
対照的に、アリサは仏頂面でフェイトに――否、サンタの格好をした同級生たちに向かって口を開く。
「まったく……あんたたちらしいけどさ。自分たちがまだプレゼントをもらえる側だってことも忘れないでよね」
――他人のことを考えるのもいいが、自分もきちんと楽しめ。
怒ったような口調で放たれる台詞は、アリサらしい思いやりがにじみでていて、自然と唇が緩む。フェイトは頷くことで友人の気持ちにこたえ、その隣ではやてがにこやかに笑って言葉で応じた。
「あはは、そうやな。明日のイブは皆で楽しもうな」
見送りの同級生に手を振りながら、フェイトたちはミッドチルダへと飛び立つ。
道中、フェイトが訪問予定の施設のリストを開き、なのはが感嘆の声を漏らした。
「ふぇー、いっぱいあるんだねー」
「そうだね」
フェイトが仕事を通して出会った子供たちは、まだそれほど多くない。
しかし、そういった子を保護する施設の数は相当数ある。
時空管理局はいくつもの世界をまたいでいるのだから、当然かもしれない。しかしそれでも、その数に複雑な思いをいだかずにはいられない。それだけ、保護を必要としている子がたくさんいるということなのだから。
訪れた施設の女性は、目尻にしわをよせて、フェイトたちを歓迎してくれた。
「こんにちは、フェイトちゃん。お友達も一緒なのね。恰好からして、今日はパーティかしら?」
「ええと、そんなところです。実は――」
フェイトが地球での文化を話しているところに、子供たちが何事かと集まってくる。
好奇心旺盛な子が多いようで、仮装をしているフェイトたちを見て、なのはを質問責めにしたりザフィーラの毛並みをなでまわしたりと、ものおじせずにコミュニケーションをとっていた。
「サンタクロース?」
「そうや。良い子にしてる皆に、プレゼントをしにきたんよ」
はやての説明に、子供たちの間から歓声があがる。
フェイトたちは頷き合った後、彼女たち自身がすっぽりと入ってしまいそうな大きなサイズの白の袋から、指でつまめるくらいの小ぶりなプレゼントを取り出す。
それは緑のリースにつながった、小さな鈴だった。
鳴らして見せると、透き通った音が周囲に響く。
しかし子供たちの反応はいまいち鈍く、首をかしげながら鈴を見る子もいれば、あからさまに不満げな表情を見せる子もいた。
「そんなのつまんないよー」
素直な感想をする少年に、フェイトはにっこりと笑いかけながら、もう一度鈴を鳴らす。
「ただの鈴じゃないよ。これは、特別な鈴」
「特別?」
「そう。お姉ちゃんたちの想いが、いっぱい詰まった鈴なんだよ」
フェイトは、リズムをつけて鈴を鳴らし始める。
その音に乗せて、彼女は歌を紡いだ。
テンポのよく、にぎやかなクリスマスソング。フェイトが、子供たちへの贈り物にしようと、ここ数日で懸命に練習をした曲だった。
目を瞬かせる子供たちを見て、不安が胸で膨らむ。しかし躊躇してはいられない。鼓動の早くなる心臓を抑えながら、フェイトは歌を続ける。
そのうちに、彼女の鈴の音に、2つ、3つと別の鈴の音が重なる。
歌声に、可愛らしい声や落ち着いた声が溶け込む。
振り向くと、なのはや八神家の面々が、鈴を鳴らして同じように歌っている。フェイトが目を細めると、なのはとはやてが、示し合わせたようにウインクをしながら顔の前で鈴をふった。
施設に響き渡る音楽に、はじめは戸惑っていた子供たちにも、次第に笑顔が広がっていく。
地球の外で歌うその歌の意味は、子供たちには分からなかったかもしれない。
しかしそれでも、恐らくは初めて聞くメロディーに合わせて、彼らは手を取り合って踊った。
*
施設の入り口で、管理人に挨拶をしながら、彼女は言いようのない思いに内心でため息をついた。
達成感がある一方で、消化不良になっている何かが、胸の中を渦巻いている。
本当にこれで、子供たちに夢を与えられているのだろうか。その考えが頭をよぎるたび、フェイトは自身の気持ちが重くなるのを感じた。
自分の手や目の届かない場所にも、きっと不幸や孤独はたくさんあって。
そして触れる位置にいても、癒せない傷や苦痛はありふれている。
当り前のことで、どうしようもないことなのかもしれないけれど――フェイトには、それが悲しい。
自分の無力さに歯噛みする。「出来ることをするしかない」とは頭で思いながらも、容易に割り切ることはできなかった。
「サンタさん!」
少年の声に、顔を向ける。
「ありがとう!」「また来てね―!」
先程別れを済ませたはずの子供たちが、笑顔で大きく手を振っていた。
その姿は、些細な不幸なんて蹴散らしてしまいそうなほど元気で、まぶしくて。
プレゼントをもらったのは、むしろ自分の方かもしれない、とすら思う。
「――フェイトちゃんの想い、きっと伝わってるよ」
隣で小さく呟いたなのはの声に、フェイトはうなずく。
今という時間に感謝を。
そして願わくば、あの子たちの未来に、祝福を。
フェイトは、子供たちに手を大きく振り返し、中身の詰まった白の袋を抱えなおした。
>フェイトは、アリサたちの言葉を聞きながら、淡い青の広がる空を見上げる。
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