フェイト・T・ハラオウンは、自分の首の傾く勢いで目を覚ました。
机の上の時計を確認する。現在時刻、22時。この世界の同世代からすれば、十分に夜更かしと言える時間帯だ。
しかし、彼女は寝るわけにはいかない。彼女の目下の目標である、執務官。そのための試験が三月後に迫っている。既に二度落ちている彼女としては、何としても合格したかった。
それにしても――
「眠い……」
口に出してしまうくらい、睡魔が頭を支配している。
首を振って目をマッサージするが、何の効果もなかった。
目の端にベッドが映るが、気合いで視線をひきはがす。眠い時にはいっそ寝てしまう方がいいかとも思ったが、勉強のリズムを崩してしまうと、後々に響きそうな気がした。
とはいえ、このままではまったく勉強にならない。何とかして眠気を覚まさなければ。
フェイトは、目をこすりながら自室から出る。
リビングに行くと、クロノがコーヒーを片手に本を読んでいた。読書か筋力トレーニングかわからなくなりそうなその分厚い本は、恐らく法律関係のものだろう。
「ん。フェイト、休憩?」
「うん――私もコーヒーを飲もうかと思って」
「ああ、じゃあ僕が淹れるよ」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。動いてた方が眠気も覚めそうだし」
立ち上がろうとするクロノを押しとどめ、フィルタをセットして熱湯を注ぐ。香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。
カップを持ってソファーに座り、黒褐色の液体を見つめる。恐る恐る口をつけると、経験のない苦味と酸味が広がって、思わず眉をひそめてしまう。カフェインのせいか、それとも強烈な風味のせいか、頭が少しくらくらした。
フェイトの様子を見て、クロノが驚き、すぐにミルクと砂糖を用意する。
「だ、大丈夫かフェイト?飲み慣れないのにブラックで飲もうとするから」
「でも、クロノは何も入れないんだよね?」
「最初からそうだったわけじゃないよ。ほら、甘いものも少しは摂った方が、頭にはいいかもしれない」
兄が手渡したものを素直に入れて、かきまぜる。口に含むと、柔らかな甘みに混じって、風味が穏やかに口内に広がった。
「まだ、苦いかな」
「だろうな。でも、あんまり入れ過ぎるんじゃないぞ。フェイトまで母さんみたいな味覚になったら、食卓が大変そうだ」
クロノの言葉に苦笑しながら、フェイトは薄褐色になったコーヒーをすする。相変わらず頭はぼうっとしていたが、さっきよりは大分ましになった。
「まだ、風呂にも入ってなかったんじゃないか?眠気覚ましなら、熱いシャワーを浴びてくるといい」
「うん、そうする」
浴室に行くと、アルフがとろけた顔で湯船につかっていた。
「おーふぇいと。どうした?あたまあらってほしいのかー?」
「え?えと、そういうわけじゃ――」
「まあまあ、えんりょするなー」
アルフは自分の主人にシャワーを浴びせ、すぐさまシャンプーを泡立て始める。フェイトが慌てて目をつぶると、細い指がフェイトの頭をなでた。
(あ――気持ちいい、かも――)
皮膚に伝わる刺激と、髪を梳かれる感触が心地よい。
されるがままでいると、何だかふわふわと宙に浮かんでいるような気持ちになる。
「お?フェイトー。おーい」
熱いシャワーを頭からかけられて、フェイトはぴくりと体を震わせながら目を開けた。
「あらってるあいだにねるなんて、じゅうしょうだなー」
「あはは……ごめん。でも、目、覚めたよ」
フェイトはアルフに礼を言いながら浴室を後にする。使い魔の方は再び湯船に入って、顔を糸目にしながらフェイトを見送った。
自室に戻って、問題集を開く。体が温まり、頭が思い通りに回転する。
(これは――確か二四条を適用して――)
集中すること小一時間。
些細な問題に詰まった途端、忘れていた眠気が急に襲ってきた。
「あう……」
うめきながらも、フェイトは問題集をめくり、ページを数えた。計画しているノルマを達成するには、後一時間というところだろうか。
船を漕ぎそうになる頭を支えながら、フェイトは考える。
残りは朝少し早く起きてやろうか。いやいや、朝にさほど強くない自分が、さらっと起きて勉強を始められるとは思えない。
かといって、手軽な眠気覚ましは、既に一通りやってしまっている。
(またシャワーを浴びるのもなんだし、コーヒーを何杯も飲むのも、体に悪そうだし――)
マッサージは、以前もアルフにしてもらって、目を覚ますどころか寝てしまった。
ガムは、手持ちを切らしている――
散歩というのも――時間を考えると――今更だ……
・
・
机の上で、着信音。
飛びそうになる意識が急激に引き戻される。
携帯電話を手にとって、相手を確認。
フェイトは、まばたきをひとつしてから、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あ、フェイトちゃん。こんばんは、もう寝てたかな?夜分にごめんね」
「大丈夫、起きてたよ。どうしたの、なのは?」
親友の声が耳に届き、フェイトは唇を緩めて応じる。確かに夜遅くだが、なのはもフェイトも、それなりに宵っ張りである。生活リズムを把握しているから、彼女は電話をかけてきたのだろう。
「うん、ちょっとね。フェイトちゃん、今どうしてるかなって」
「う――勉強、してたよ?」
今にも遠くの世界に行ってしまいそうでした、とは間違っても口にはできない。
なのははフェイトの言葉に相槌を打ってから、少しだけトーンの低い声で、しみじみと言葉をつなげた。
「昼間は学校に行って、夜はお仕事とお勉強でしょ?すっごく大変だと思うから……根詰め過ぎてないかな」
「そんなことないよ」
「だと、いいな。フェイトちゃんが頑張りすぎて倒れちゃったら、私、眠れなくなっちゃうよ」
なのはの台詞に、フェイトは一年前を思い出す。日頃の無理がたたって大怪我をしたなのは。フェイトは、そのことが頭によぎるだけで、今でも鼓動が乱れる。
あの時と同じ思いを、なのはにはさせたくない。
そう思って、フェイトは唇を引き締めた。
「うん――そうだね。気をつける」
「授業とかお仕事とか、フォローするから。私にできることがあったら、何でも言ってね」
「あ――じゃあ、一つだけ、いいかな」
フェイトの依頼に、なのはは明るい声で応じる。金髪の少女は、少しだけ躊躇した後、口を開いた。
「『頑張れ』って、言って欲しい」
わずかな、沈黙。
それはそうかもしれない。やりすぎるなと忠告してくれた友人に、応援を求めるのは筋が通らない。
だけど、目標を叶えるためには、無理をしないだけじゃ足りないかもしれないから。
彼女の気持ちは、なのはに伝わっているのかどうか。いや、きっと汲み取ってくれたのだろう、とフェイトは思う。
なぜなら、受話器の向こうの声は――
とても優しくて、力強かったから。
「頑張って、フェイトちゃん。大丈夫。フェイトちゃんなら絶対にできるよ」
「――ありがとう」
フェイトは、囁くような声で、そっと応える。想いの大きさは、必ずしも声の大きさとは一致しないのだと、何とはなしに思った。
「じゃあ――おやすみ、フェイトちゃん。また明日」
「うん。おやすみ、なのは」
通話を切って、深呼吸をする。それから、大きく伸びをした。
支えてくれる家族がいる。
応援してくれる友人がいる。
その事が、嬉しくて。
「――もう少しだけ、頑張ろうかな」
フェイトはそう呟いて、椅子に座りなおした。
こうしてみるとリリカルなのはは穴だらけで、不透明なところが多い分オリジナルの話を作りやすいのかもしれませんね。なにせA`sからStSまで9年も空くわkですから。
いや、むしろこれをねらって製作者がわもつくったのでしょうか??だとしたらリリカルなのはの製作スタッフおそるべし!!