コトコトという、水の沸騰音に安らぎを感じるようになったのは、いつからだったろうか。
薄暗い部屋の中で、テーブルの中央に鎮座しているそれを見つめながら、私はぼんやりとそんなことを考える。
周りを見渡すと、家族一同は期待と緊張の入り混じった顔で、同じようにそれを見ていた。
「ほんなら、開けるよ」
八神家の主は、その言葉とともに、蓋を開ける。
湯気とともに、食欲をそそる匂いが八神家のリビングに広がり――
そして、私たちの挑戦が始まった。
ことの経緯を大雑把に話そうと思う。
秋も深く、冬一歩手前といった季節のことだ。
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター、ザフィーラは、窓際で寝そべりながら家族の会話を聞いていた。
テレビの料理番組をBGMに、今日の夕食の献立でもりあがっている主殿と、守護騎士女性陣。
そんな中、朱色の髪の少女が唐突に不穏な発言をしたのである。
「闇鍋が食いたい」
ヴィータが主はやてに向かって口にした、その言葉の不可解さに、他の一同は首を傾げた。
「闇鍋って――参加者で変わった食材を持ち寄って、暗い中で食べるって言うアレ?」
シャマルの確認に、闇鍋の想像をする。
主殿が調理するとなれば、その美味さは疑いようもないだろう。
しかし、問題は具材だ。
例えばヴィータが苺アイスを所望したら、どうだろう。
ダシの効いている鍋の汁に混じる、ドロドロのアイス。
それを思い浮かべるだけでも、食事というより何かの儀式を連想させる。
一体どこからそんなイベント的なメニューに対する知識を仕入れてきたのか知らないが、ルールなしに実施したら、鍋料理が一転、地獄の釜になることは十二分にありえた。
「……危険だな」
私のつぶやきに、シグナムが同意する。
「各自が変わった食材を持ち寄る、というところが問題だ。私としては、食事はやはり美味しいものがいい」
「リインは甘いものが食べたいですぅ!」
シグナムの台詞にかぶせるように言った八神家の末っ子の発言に、私たちは一斉に苦笑する。
どうするべきかと主はやての顔を見ると、彼女は意外にも楽しそうな笑顔でうなずいた。
「たまにはそんなびっくりイベントがあってもいいかもしれへんな。そやけど、皆が選ぶものは、私が確認させてもらうよ?やっぱり、基本的には美味しく食べられんとな」
まあ、そんないきさつがあって、現在に至る。
各自が思い思いに箸を伸ばし、鍋に蓋をし直したのち、部屋の明かりがつけられた。
「じゃあ、あたしからいくぜ」
ヴィータは嬉々として、箸でつまんだ団子状の物体を口にほうばる。
躊躇もせずに一口でいくとは、さすがというべきなのだろうが――
結果からすると、無謀だったといわざるをえない。
「ん、美味――――」
笑顔で咀嚼していた彼女の表情が固まり、頬に朱がさす。
「だ、大丈夫かヴィータ!?」
汗を一気に噴出させる彼女を見て、シャマルとシグナムが慌てて立ち上がり、
ヴィータはそれに返事をするように大声をあげた。
「か、かれえぇええぇ!!」
一人冷静だった主殿は、氷水をヴィータに手渡す。彼女はそれを一気飲みして、ようやく息を吹き返した。
「ああ、やばかった。まだ口の中がいてぇ……いや、美味かったけど」
「今のはハバネロちゅうて、とっても辛いトウガラシやな。シグナムが選んだんやけど、それを細かくしてつくねに入れたんよ」
半眼でにらむ少女の視線を、シグナムは済ました顔で流す。
「では、次は私が行きます」
「ああ、それは強く噛んだらあかんよ、シグナム」
彼女は自分の器に入っている、主殿の注意に首をかしげながらも、巾着を口に含む。
もくもくと口を動かし――
ガリッ
明らかに、普通の食べ物からは出ない擬音が、彼女の口の奥から発せられた。
「――梅、ですね」
タネあかしをしながら、シグナムは種を口から取り出した。
「正解や。梅干し入り巾着。漬物とかは意外と鍋に合うって聞くんやけど、どないや?」
「美味でした」
「がーん!」
主殿とシグナムの会話に、わざわざ言葉にしてショックを表現するシャマル。意外な味になるだと思っていたのだろう。作戦が失敗して肩を落としていた。
――ん?ということは、シャマルの場合、変わった味付けを狙ってもらう方が、美味いものになるということか?
「ううっ、梅干しをヴィータちゃんとか食べたら楽しそうだと思ったのに……次、行きます」
シャマルが落ち込んだ声のまま、自分の取り皿の具をつかむ。
見た目は餃子のようだが、何故だか黒ずんでいる。中身のせいだろうか。
金髪の女性は深呼吸をした後、黒餃子にかぶりついた。
純粋に熱かったらしく、口の中に空気を取り入れながら、目を白黒させる。冷ましながらソレを飲み込んで、目を瞬かせた後、シャマルは感想を口にした。
「――あまい、ですね」
「あんが入っとる餃子やな。破れないかが心配だったんやけど……大丈夫そうで安心や」
「皮はダシの味がしみてて、塩気があるんだけど――意外と美味しいかも」
シャマルの言葉に、私は眉をひそめる。本当だろうか?あまり美味そうに聞こえないのだが――しかし苦もなく残りをたいらげる姿を見るに、少なくとも彼女の舌にとってはセーフだったらしい。
「う〜、リインが食べたかったのです!」
リインはシャマルを見ながら指をくわえる。恐らく、あんこというのが銀髪の少女のチョイスで、主殿が鍋に入れられるように工夫したのだろう。アイスやらシロップやらでなくて、正直助かった。
「リインの番ですね。いくですよ――」
人間サイズになっている彼女は、巾着をフォークで刺してかじりつく。
口の端から漏れる汁を主殿が拭ってる最中に、リインは一気に涙目になった。
「うっ、えぐっ。に、苦い、ですぅ」
末っ子の感想に、主殿が残った巾着の中身を確かめ、苦笑いをした。
「ゴーヤ入り巾着、やな。うーん、シグナムやシャマルは結構喜びそうなんやけど……」
「――すまん」
「お前かザフィーラ!?」
「……意外と、闇鍋向きのものをもってくるわね……」
私が思わず謝ると、守護騎士たちが驚いた顔でこちらを見た。
いや、味の甘い鍋になるのを危惧して、バランスを取ろうと思っただけなのだが……確かに年少組には罰ゲームに近かったかもしれない。
「うう〜!ザフィーラにはあま〜いのが当たってしまえばいいのです!」
「……そうすると、今度はお前がそれを食えなくなるぞ」
シグナムの指摘に、頭を抱えるリイン。誰が何を食べるのかは運まかせなので悩んでも仕方がないのだが、何となく微笑ましくて、私は小さく口元をゆるめた。
「笑ってねーで、次はお前の番だぞ。ザフィーラ」
ヴィータに促されて、私は目の前の物体をつかむ(補足しておくと、今、私は人間形態である)。
シャマルと同じ、餃子の皮。おおよそ色も同じだが、若干大きく、形がごつごつしていることから、別の具材が中に入っているのだろう。
恐る恐る口に運んでいくと、ヴィータが笑いながら口を開く。
「なんだよ、一気にいけって。はやての料理なら、はずれたりしねーよ」
む、それもそうかもしれない。
今のところは全て、好みさえ合えば美味しくいただけるものばかりだった。
今回も、そんなに危険なことにはならないはずだ。
私は、意を決して、ソレを一息に口に放り込んだ。
「ておぁあああああぁああぁ!!!!?」
この時、私はどんな叫び声をあげたのか覚えていない。
私は、思わず獣姿になって、リビングの絨毯の上を七転八倒する。
甘さや辛さ、苦さがそろって不協和音を奏で、私の口の中で暴れまわっていた。
地獄の味、または闇の味というものがあるとするならば、これこそがそれに違いない。
「ザフィーラ!はい、水やよ!」
もだえ苦しむ私の口に流し込むように、主殿が水を飲ませる。
何とか平静さを取り戻した私は、おかわりの水を所望しながら、人間形態になっててよろよろと立ちあがった。
「お、お前、一体何を食ったんだよ?」
笑うべきなのか心配するべきなのか分からない、といった様子で、口をひきつらせながら、ヴィータは私に問う。
私も何と答えるべきか言葉が見つからず、ただ首を振った。
「実はな、一種類だけ、はずれがあったんよ。」
主殿は、申し訳なさそうに言いながらグラスを私に手渡す。
一体何が入っていたのか。
疑問の視線を主はやてに投げかけると、彼女は言いにくそうに口を開いた。
「全部」
「――はい?」
「さっき皆が食べたもの、全部、はいっとる」
唐辛子、梅肉、ゴーヤ入りあんこ餃子。
うむ、やはり組み合わせというものは重要だ。
あまりの強烈さに、いまだ朦朧とする意識の中で、私はしみじみと思った。
「私のは――ヴィータが選んだポテチやな。結構美味しいよ」
「だろ?」
主殿とヴィータの会話に、私は内心胸をなでおろした。主殿がもだえる様は、例えゲームであっても避けたいものだ。
「さて、まだまだ他にもあるけど――二回戦、いくか?」
「おう!」「たのしーですぅ!」
普通に選んだ方がいい、と言おうと思っていたのだが、先程痛い目にあった年少組がやる気であれば、私としても拒否するわけにはいかない。
肩をすくめながら、私は部屋の明かりを落とす。
「ほんなら、次は皆が満足できますように」
主殿の合図で、私たちは一斉に鍋に箸を寄せる。
全員が料理を取った後、部屋の電気をつけたその時。
私の取り皿には、先程自分が食べたものと全く同じ、
ごつごつとした餃子が――我が物顔でおさまっていた。
変わった味のするゴハンを家族に作って上げたら、ザフィだけ失敗、他成功(シャマルにとっては失敗)でしょうかね?
>口の端から漏れる汁を主殿が拭ってる最中に、リインは一気に涙目になった。
そういえば、生れたばかりのリィンにお手とせがまれて、「女の子泣かせますか?守護獣やめますか?」と表現されたSSがありました(どこのサイトだったか忘れた)。このサイトのザフィは守護獣やめただけでなく女の子も泣かせるなんて・・・