空が好き。
どこまでも広がって、何もかもが、つながっている気がして。
地上も好き。
自分が生まれて、羽根を休めて。そして、還る場所だから。
みんな――みんな、大好き。
だから、私は――
「――は、なのは」
「……ふぇっ」
優しく肩を揺すられて、高町なのはは驚きの声とともに目を見開いた。周りを見渡すと、彼女の友人たちが机をとり囲んでいる。なのはの肩に手を置いていた少女が、代表するように口を開いた。
「もうHR終わったよ、なのは」
「フェイトちゃん――そ、そんなに寝てた、私?」
「うん、そりゃもう。まっすぐ前向いたまま、目だけ閉じて。悟りをひらいたって感じ?」
なのはの言葉に、アリサが口元を猫のように緩めて返事をする。
「今週の居眠りキャラは、なのはに決定ね」
「あう……」
眉を八の字にするなのはを見て、クラスメートは一斉に笑った。
「でも、なのはちゃんがそんなにねむそうなの、珍しいね。やっぱりお仕事?」
「なのはちゃんは、私らの中でも特別重労働やからなぁ」
すずかが目をまたたかせて小首を傾げ、はやてが腕を組んで答える。なのはも頬をかきながら、曖昧に返事をした。
自覚はないが、疲れているのだろうか。
確かにここ数日は睡眠時間が四時間を切っているし、普段も他の子たちと比べて休んでいるとは言い難いが――
首をひねるなのはのポケットで、携帯電話が鳴る。彼女は友人たちに謝りながらも応答した。
「もしもし――はい。ええ、分りました。――え、ヴィータちゃんと一緒ですか?うわぁ、久しぶりかも」
電話の内容は、今日の仕事。先程発見された遺失物の調査依頼だった。
急な出勤や業務の変更は、さほど珍しくはない。今回は友人も同じ任務ということだから、なのはにしてみれば、むしろ喜ばしいことだ。
挨拶を言って通話を切ると、アリサの呆れた視線が突き刺さる。
「労働基準法って、そっちの世界にはないのかしらね……」
彼女の良識的なつぶやきに、管理局勤務の三人はそろって苦笑した。
「にゃはは、大丈夫。頑丈なのが取り柄なんだから」
力こぶをつくる仕草でアピールをすると、フェイトが大きなため息をつく。
「なのははいつもそうだから、逆に心配だよ……」
心配性な彼女の台詞に、なのはは再び苦笑した。気を遣ってくれるのはありがたいが、余計な心労をかけるのは心苦しい。放任するくらいの気持ちでいてほしい、となのはは時々思う。
「もー。皆、気にし過ぎだよ。寝る子は育つって言うし、私もちょっと大きくならないとって」
「なんや、おっぱいの話なら、マッサージするとええらしいよ?」
「わ、わ。そういう意味じゃないよう!」
にぎやかに話をかわしながら、なのはたちはコートを着て教室を出る。
季節は冬。空は雪の降りそうな灰色だった。
*
身を切るような冷気の中、トーレは草むらの中から前方の遺跡を見つめていた。
彼女のすぐ後ろには、二人の少女が待機している。全員が体に密着したスーツを装着し、そして、冷徹で、不穏な空気を身にまとっていた。
もちろん、彼女たちは物見遊山に来たわけではない。父とも言うべき人物の依頼で、少女たちはその場に立っている。
茶色の髪の少女が、丸い淵の眼鏡を押し上げながら口を開いた。
「――スキャン完了♪魔道師が計七名。内、AAAランク相当が一名、AAランク相当が一名、他はB以下、というところですわ」
トーレはその情報に頷きながら、前方の遺跡を見た。
「やはり時空管理局員だろうな。レリックを探し当てたか」
「そうですねぇ。発見はしていると思いますけど、識別不明のロストロギアと思っているんじゃないですかぁ?あの人たち、今まで、私たちの収集にはなーんにも関わってこなかったわけですしぃ」
「そうだな。その可能性が高い」
分析をしていた眼鏡の少女の意見に、トーレは再び頷く。
クアットロ――トーレの妹であり、数字の4を意味する名をもつその少女は、探索および分析能力に非常に長けている。天気の話でもしているような気楽な口調だが、的確な意見だ、とトーレは判断した。
「どうしますか、トーレ姉様。やはり、出てきたところを――」
控えていたもう一人の少女が、トーレに問う。
「悩ましいところだな。襲撃して強奪するのは可能だろうが、リスクが高い」
「私たちの存在が公になるのは何かと不都合ですし、殲滅にしても無傷というわけにはいかないかもしれませんねぇ」
トーレの意見に、鼻にかかるような声でクアットロが応じる。
「それに、チンクちゃんはまだ本調子じゃありませんし?」
クアットロは横目でチンクと呼んだ少女を見た。否、恐らく見たのは少女の目だったろう。
数字の5にあたるチンクは、銀髪が人目をひく容姿である。だがそれ以上に特徴的なのが右目につけている眼帯だった。
それをつける必要に迫られたのは比較的最近である。距離感覚の鈍化は、チンクの戦闘能力低下に直結する。
「いや、大丈夫だ。精度は以前ほどではないが、多少のずれは問題ない」
銀髪の妹は、クアットロに首を振って答え、姉の方は両手を胸の前で組んで小首を傾げた。
「あらん、頼もしい。でも、あんまり気負うと、また怪我しちゃうわよ?」
「――何か考えがあるのか、クアットロ」
トーレは、気負った様子のない妹に話をふる。トーレ自身も既に作戦を考えていたが、妹の意見に難がなければそちらを採用するつもりだった。
応える方も、姉の気持ちを汲みとるように、自信ありげに口元を緩ませる。
「よ・う・は。私たちの仕業ってばれなければいいんですよねぇ?今回は、このクアットロにお任せあれ」
眼鏡をかけた妹は、トーレたちに向かって大仰に一礼し、艶やかに笑って見せた。
*
「う〜、さむーい」
白い服の少女が、遺跡から出るなり首を縮める。ヴィータは軽くため息をついて応じた。
「こんぐらい、海鳴とそんなにかわんねーだろ」
「日本でも寒いよー」
白い息を吐き出してから、少女が微笑む。その表情は年相応のあどけなさで、ヴィータは肩をすくめながらもかすかに唇を緩める。
高町なのは。ニアーSランクの実力の持ち主で、武装隊の無敵のエース。
三ヶ月という短い期間で管理局の研修を終え、それからまだ一年足らずの彼女は、既に将来どころか即戦力としても期待され、十二分の活躍をしている魔道師だ。
とかく背びれ尾びれの付きがちな噂話にも、彼女の能力および実績は全くひけをとっていない。
更にその人材が、若干十一歳の少女だというのだから、人々は二度驚く。
(ま、はやての方がすげーんだけどな)
そう考えて一人うなずくヴィータに、なのはは何事かと興味津津の顔を向けた。ヴィータは、部隊のエースをにらみつけて牽制する。ヴィータに言わせれば、なのはに関して一番のオカルトは、そんな優秀な魔道師が、普段は天真爛漫な、ごく普通の女の子だということであった。
「さ、体が冷えちゃう前に帰ろっか」
なのはは、そう言ってヴィータに柔らかに笑いかける。二つにまとめた彼女の髪が跳ねるように揺れて、どこか小動物のような雰囲気をかもしだす。もっとも、例え百獣の王だって、彼女を獲物にしたりはしないだろう。
そんな空想はさておき、彼女の言葉に反対する理由はない。ヴィータはうなずいて、周りの局員を促した。
ヴィータたちは飛行魔法を行使して、移動を開始する。
分厚い雲から漏れ出すように雪がちらついて、辺りを白く塗りつぶしていた。
耳鳴りのしそうな寒気が、身に染み込んでくる。なのはの台詞ではないが、確かに、任務に対するモチベーションを向上させる天気ではなかった。
「まぁ、こんな日はおでんとか食いたいよな」
「あ、いいねー」
「その前に、さっさとそいつを送還しないとな。アンノウンのロストロギアなんて、持ってて気分のいいもんじゃねーし」
「そうだね」
ヴィータの台詞に頷き、ケースを抱えなおしたなのはは、妙に嬉しそうにくすくすと笑う。
「なんだよ」
「ヴィータちゃん、何だかお姉ちゃんみたい」
頬が熱くなるのを感じて、思わずヴィータは声を荒げた。
「うっせー!任務中なんだからな、真面目にやれってんだ!」
「はーい」
なのはの笑い混じりの返答に、他の局員もつられてふき出す。目を細めながら視線を向けると、彼らは慌てて表情を正した。
全員、模擬戦で根性を叩きなおしてやろうか――
仏頂面でそんな考えを巡らせている彼女の知覚に、ノイズが走った。
「――ヴィータちゃん」
「ああ、分かってる」
白い服の少女の声に、ヴィータは前方を見据えたまま答える。
自分たちの行く手を遮るように、正体不明の浮遊物体が二ダース程度。目的は分からないが、明らかに待ち伏せだ。
「中継、現場の画像を送信します。未確認体が二〇機強――」
通信員がデータの確認をしている間に、未確認が動きを見せる。
前方から砲撃が二射。
魔力の帯が、うなりをあげてヴィータたちに迫った。
『protection』
なのはが、魔力障壁で砲撃を遮断する。
その間にも敵影は瞬く間に増え、ヴィータたちを取り囲んだ。
カマキリを連想するような、細身の体に鋭い刃。
材質は明らかに無機物の輝きを放っているが、脈打つような動きは生物のようでもある。
それらは、群がるようにヴィータたちとの距離を詰めてきた。
「こいつら……いつの間に」
「――中継から危険認定!破壊停止許可が出ました!」
「うし、行くぜ」
ヴィータは左手をひらめかせ、鉄球を取り出す。
彼女は右手の鎚で、それらを次々と打ち出した。
飛来する鉄の塊に打ち抜かれ、敵の何体かが地に落ちていく。
同時に、ヴィータの頭上を通っていった桜色の光球が数体を撃墜した。
「強さ自体は大したことねーな」
「うん――」
ヴィータのつぶやきに、なのはが生返事をする。
なのはの考えていることは、恐らくヴィータと一致していただろう。
単体の戦闘能力よりも、数の方が不気味だ、と。
一目で確認できるだけで、その数五十体。
どこからわき出てくるのか、敵影はいまだに増え続けている。
原因は何か、とも考えたが、彼女はすぐに思考を切り替えた。
敵の数は正体同様に不明。しかし確実に分かることが、ひとつある。
それは、有限であるということ。
「アイゼン!」
『Ja. Raketenform』
ヴィータの声に、彼女のデバイス、グラーフアイゼンが応える。
カートリッジが充填され、鉄槌の先端を鋭いスパイクに変形させていく。
「どれだけいようと――」
噴出する橙の魔力が、流星のように少女を地上へ導く。
「全部、ぶっつぶすだけだっ!」
未確認の機体がうごめく中に、一撃。
地面がクレーターのようにえぐれ、十を超える敵が吹き飛んだ。
*
「そうそう。いい調子よ、お子様たち」
クアットロは、唇を歪ませる。
彼女の操作する兵器たちは、一秒ごとに数を減らしている。しかしクアットロは一向に意に介さない。
「雑魚の相手は、あれでじゅーぶん。さ、そろそろ出番よ、チンクちゃん」
隻眼の少女が、うなずきながら両手にナイフを構えた。
ランブル・デトネイター。
チンクの先天固有技能であるその能力は、彼女の武器に付与することで最大限の効果を発揮する。
具現する現象は、爆発による破壊。
その攻撃性能は、クアットロも――そして恐らく姉妹の全員も信頼をおいている。
例えば、はるか遠方にいる魔道師を一撃のもとに屠るくらいは、造作もないことだ。
不意打ちで一人。
残ったもう一人も葬れればよし、さもなくばパニックにまぎれてレリックを奪い取ってもよし。
仮に失敗したとして――爆炎にまぎれ、更にクアットロの能力を発動させた環境で、トーレの動きを把握できるものは存在しないだろう。
「いきますわよん――電子が織りなす嘘と幻。銀幕に潜む不可視の実体、気付けるかしら?」
*
真後ろで、爆発音がして、ヴィータは反射的に振り返った。
「な――」
何もないはずの場所が小さく、しかし確かにえぐれている。
(罠!?それとも遠距離攻撃か――!?)
周囲に視線を走らせた彼女の目の前で、唐突に無数のナイフが展開された。
障壁を作り出すよりも早く、その刃が動き出す。
(ヴィータちゃん!)
彼女の目の前に、なのはが立ちふさがる。
災いすべてを妨げんとばかりに、白の盾が空間に広がった。
ナイフが次々とバリアにあたり、爆散していく。
圧倒的な防御力。
なのはが「不屈」とよばれる所以の一つだろう。
だから。
彼女の白の服にナイフが突き刺さっているのが目に映っても、ヴィータは気付かなかった。
「え――」
そう呟いたのは、自分だったろうか。
弾けるような音が、小さく、しかし確かに聞こえて。
彼女の太股から火花が散り、態勢が崩れる。
肩と、脇腹に一回ずつ、
鮮やかな朱の光が、花のように咲く。
彼女のデバイスが、放り出されるように宙に舞う。
糸の切れた人形のように、白の体が膝をつき、
ひざまずいた彼女の、その華奢な首を、刈りとるように、
迫っていた金属色の鎌が、振り降ろされ――
「うあああああああああ!」
少女の咆哮が、響き渡る。
カートリッジをロード。
一瞬後には、なのはに襲いかかった未確認体を、跡形もなく粉砕する。
そのまま、彼女は敵の中に飛び込んでいく。
撃ち抜き、
ちぎり飛ばし
叩き潰し――
時間にすれば、三十秒程度。
彼女が我にかえる頃には、敵影はいなくなっていた。
九割方をヴィータ一人が撃墜し、その残骸が地に散らばっている。
しかし、彼女はそれらには目も留めない。
「なのは、なのはっ!」
横たわる少女に、一直線に駆け寄る。
白のバリアジャケットは所々が黒く焼け焦げ、下の肌も、一目で重傷だと分かるくらいに変色していた。
「おい、しっかりしろ!」
怒鳴るようなその声に、なのははゆっくりと顔を向ける。
赤。
見慣れているはずのその液体が、額から流れ出ているのを見て、膝の力が抜ける。
なのはは浅い息を繰り返して、それでも小さく笑った。
「あは――ごめん――ちょっと、失敗、しちゃった――」
ヴィータは、歯をくいしばって首を振る。
そんなことはどうでもいい。
大丈夫なのか。
口にしようとした言葉は、理解しがたいことになのはの口から紡がれる。
「ヴィータちゃんは、大丈夫……?」
どうして、彼女は。
こんな怪我を負ってなお。
他人のことを心配しているのだろう。
「馬鹿野郎っ、あたしのことなんて、どうだって――」
言葉に詰まって、ヴィータは唇をかむ。
振り返って、叫ぶように言った。
「医療班を呼べっ!お前とお前はコイツの手当て!残りの奴は周囲に警戒しながらこの場で待機!」
部隊の全員が、雷に打たれたように一斉に動き出す。
重傷者がなのはだけだったのはまだましだった、とヴィータは後日思ったが、この時の彼女は、目の前の少女のことで頭が埋め尽くされていた。
誰かがすぐに応急手当てを始めてくれていたはずだったが、そのこともはっきりとは覚えていない。ただ、少女が今にも消えてしまいそうだったこと、それだけは嫌というほどに鮮明に刻まれている。
なのはが、身じろぎをしながら小さくうめいた。
「どうした!どこか痛いのかっ」
「――ちょっと、寒い、かな」
ヴィータは、なのはをそっと抱き起こす。
成長期とはいえ、成人からは程遠い、子供の体。
自分よりもずっと幼い少女は、粉雪のように軽く――儚くて。
「医療班、何やってんだよ!」
早くしてくれ。
でないと――
「コイツ、死んじまうよ――!」
いやだ。
そんなのは、嫌だ。
いつも、憎らしいくらいに明るくて、無邪気で、
太陽のように、暖かく、優しい。
それを失ってしまったら、自分はきっと――
「だいじょうぶ、だよ、ヴィータ、ちゃん。わたしは――だい、じょうぶ、だから」
うわごとのように、なのはは言葉を繰り返す。実際にヴィータを認識しているかどうかも定かではなかった。
「何でだよ――」
何故、彼女が、こんな目にあわなければいけないのか。
分かりきっている。これはそういう仕事だからだ。
だから、自分のような護衛が必要なのだ。
なのに――
赤の滴が、なのはの額から、頬を伝い、ヴィータの掌に落ちる。
血に染まっていくその手は、今も何もできていない。
出来ることは、ただ――
壊す、ことだけ。
とどめることも、まして癒すこともできず。
腕の中からすり抜けてしまいそうな少女を、ただ、抱えていることだけ。
「ちくしょう――っ!」
絞るような叫びが、喉から漏れる。
彼女の声は、焼け焦げた地面と振り続ける雪に染み込んで、誰にも届くことはなかった。
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クアットロしっかり味出とります
これってタイトルに(1)ってあるのは続き物ってことですかね?