その時の八神家には、大掃除か室内格闘でもしているかのような、震動と騒音が巻き起こっていた。擬音語で表すとしたら、ドッタンバッタン、がやはりふさわしかっただろう。
何をしているかと言っても説明するほどのことでもないのだが――
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは、リビングで家族と不毛な追いかけっこをしていた。
「ザフィーラ、この、待ちやがれ!」
ヴィータが鉄槌を片手に走り寄ってくる。私はそれを右に左にと必死に逃げた。
リインの拘束魔法をかいくぐり、四方八方から襲いかかるシャマルの手を紙一重で避ける。実戦さながらの動きは、ギャラリーがいたらそれなりの見世物だったかもしれない。シグナムが外出中だったのは、実に幸いだった。この上火の輪くぐりまでやらされたら、これほど逃げ続けてはいられなかっただろう。
「てめぇ、何で風呂ごときでそんなに嫌がるんだ!?」
朱色の髪の少女が、人聞きの悪いことを言う。彼女の言っている内容は的を射ているが、真実そのままではない。
白状すると、確かに私は風呂が苦手だ。自分の濡れる感触が好きではない。湯船もシャワーも、私にとっては雨に濡れるのと大差ないのである。大体、獣は体を洗いすぎるのも良くない――と、まあそれは置いておこう。
私の好き嫌いや体質はともかくとして、今逃げているのは彼女たちが追いかけてくるからという方が大きい。相手をとらえようとするその姿は、狩猟のソレを思わせる。捕まったが最後、風呂に入れられる前に、筆舌に尽くしがたいお仕置きがまっているのではないかと勘ぐってしまうのだ。
まあ、もともとは私が逃げたから、彼女たちが追いかけているのだが……目的や手段というものは、往々にしてすりかわったり忘れ去られたりするものである。
私たちの鬼ごっこをしばらく見ていた主はやてが、苦笑しながら整った唇を開いた。
「ザフィーラ、ちょっとだけ我慢やで?今日は私が洗ってあげるからな」
彼女の言葉に、私たちは足を一斉に止める。その理由はそれぞれ違うものの、根幹は守護騎士全員が恐らく一致していただろう。
私は、無用な追いかけっこで――
他三人は、私を風呂に入れさせるという行為で――
主の手をわずらわせたくない。
私たちが「それには及ばない」と一斉に口を開こうとする。
そしてそれを遮る絶妙のタイミングで、主はやてはにっこりと笑いながら私に手を伸ばした。
「ザフィーラおいでー。綺麗にしたるよ」
いかにも楽しそうな彼女の表情に、守護騎士一同は完全に沈黙する。
「う、ぐ……なんか、納得いかねぇ……」
ヴィータの歯ぎしり混じりの言葉に反論する気も起きず、私はうなだれながら主殿についていった。
子犬の姿で浴室に連れてこられた私は、大きな洗面器の中に体を浸す。
毛の間に水が入ってくる感触。
皮膚の感覚が変化し、言いようのない不快感が押し寄せた。
主はやてが、優しくお湯をかけながら毛をすくようにして洗ってくれるのだが、水にぬれたままでの感触に慣れず、体が震える。
「んー、もうちょっと優しく洗った方がええ?」
「いえ……」
「もっとガシガシ洗っていいんじゃねぇか?普段のこいつの暴れっぷりは、そりゃもうすげえんだぜ」
ヴィータ、それはお前が力任せにブラッシングして、冗談抜きで皮膚が痛いからだ。
「お風呂の好き嫌いはその子によりけりって聞くけど……やっぱり狼だから苦手なんかな。人型になったら、普通になったりするんやろか」
主殿が首を傾げる前で、私はシャワーを浴びる自分の姿(人型)を想像した。
人の姿で抵抗なく入浴できるのなら、主殿やヴォルケンリッターの同志たちに手間をかけさせる必要もなくなる。ものは試し、やってみて損はなし。
私は一つ頷くと、洗面器から体を出して――
「主殿、恐縮なのですが、リビングで待っていてもらえますか?」
「え?――ああ、これは失礼や。ごゆっくりな」
クエスチョンマークを浮かべているヴィータを連れて、主はやては手を振りながら出て行った。察しの良い方で、本当に助かる。
私は人型に変身して、シャワーのつまみをひねる。
人肌のぬるま湯が強い雨のように降り注ぎ、私は反射的に頭を震わせた。
「む――これは、まあ、なんとか……」
頭や耳、手足に水滴がつくのは相変わらず心地よくはないが、肌を伝う分は、獣姿でいるよりも大分ましだった。
普段使ってもらっているシャンプーを泡立てて、目を全力でつぶりながら頭皮を始め、全身をこする。泡を流した後、私はため息をついた。
疲労は否めないが、何とかなるものだ。しばらくは人型で試してみることにしよう。
私は浴室の扉を開け、更衣室に一歩踏み出す。
その目の前にいたのは、
自らのシャツをたくしあげ、白い肌をさらけだしている――
「@♨&%#¥!?」
八神家に、その日最大の叫び声が突き抜けた。
*
鼻歌混じりにドライヤーを当てる主殿に身を任せたまま、私はリビングの床に突っ伏していた。
「全く、えげつない悲鳴あげるんじゃねーよ」
ヴィータは、ストロベリーアイスを片手に呆れたように話しかける。他の誰でもない、私に向けての言葉だった。
「男性に悲鳴をあげられるなんて、女の子としてはちょっとショックよね、シグナム?」
シャマルが笑いながら、私がシャワーを浴びている間に帰ってきたらしい守護騎士の将に視線を向ける。話をふられた薄赤髪の少女は、肩をすくめながら私を見た。
「そうだな。私の肌など、お前が見たところでどうということはあるまい」
「もう、そうじゃなくて。それにシグナム、貴女だってザフィーラの裸を見たんでしょう?」
「大声に振り向いた時には、既に獣形態だった。あとシャマル、誤解しているようだが、私はあの時に着替えを始めたばかりで、シャツをまくりあげた程度だったのだぞ」
「きっと、シグナムのおへそがとってもせくしぃだったのですぅ!」
シグナムとシャマルのやりとりにリインが割って入り、シグナムは眉間をおさえる。口を開いて何かを言いかけた後、彼女は首を振りながら唇を閉じた。
「それにしても、確かにザフィーラの声、凄かったなぁ」
「そうだな。地震が起こったのかと思っちまった」
主殿とヴィータの会話に弁解するように、私はぼそりとつぶやく。
「私としては、家族とはいえ、恥じらいも必要だと思うのだが……」
「繰り返すようだが、相手による」
私の言葉を、シグナムはばっさりと切って捨てた。それは、私が家族だから、ということだろうか。男と認識するに値しない、という意味だとしたら、なかなか厳しい回答である。
眉を八の字にする私の表情を見て、シグナムは思う事があったのか、咳払いをしながら付け加える。
「まあ、確かに無神経だったかもしれんな。今後は気をつけるようにする」
彼女の気遣いに感謝しながら私はうなずいた。
が、私の毛をすいている主殿は、その言葉が不満だったようで、肩を落としながら口を開いた。
「ん、そうかー……それは残念やな。いずれ、ザフィーラも一緒にお風呂に入ろ思うてたんやけど」
「ええー!?」「駄目だ!」「なりません!」「楽しそうですぅ!」
一気に過剰な反応を見せる守護騎士女性陣。
私はというと、脱力して毛皮のじゅうたんのようになっていた。
「はやてはあたしと入るんだ!ザフィーラなんかにゆずらねぇ!」
「もちろんヴィータも一緒やよ。皆でお風呂なんて、にぎやかそうやろ?」
「主はやて、それはさすがに――」
「家族同士のスキンシップも、おつなものや」
主はやては、くすくすと笑って、皆の反応に冗談めかしながら対応をする。
私たちが主殿の言葉に踊らされるように右往左往する中、休日の午後はゆっくりと過ぎていった。
ということは、ザフィの毛は抜けまくってるのか?
そして、配管が詰まりました。原因は犬の毛です・・・かな?
>私の肌など、お前が見たところでどうということはあるまい
「ペット入浴可、家族風呂」なんて企画をしてる銭湯があれば・・・八神家、いざ、銭湯へ・・・か?
それと、バニングス家の犬達と一緒に洗われてみては?