「あだ名って、いいと思わない?」
ある日の放課後、おもむろに口を開いたアリサの台詞は、秋の山の天気のように唐突だった。
フェイト・T・ハラオウンは、鞄を背負う手を止めて、薄い栗色の髪の少女を見る。快活な性格で知られている彼女は、人差し指を顔の前に立てて講義を始めた。
「私たち、親友とも呼べる仲になってもう随分と経つわ。でも、最近思ってたの。何かものたりないなって」
アリサは右手を開いてヘアバンドをつけた少女に差し出し、話しかける。
「すずか。私のことを呼んでみて」
「え?……アリサちゃん」
「そうね。じゃあはやて。貴女は、なのはをどう呼んでる?」
「なのはちゃん、やなぁ」
「なのはがフェイトを呼ぶ時は?」
「フェイトちゃん、だけど」
「そう、そうなのよ。私たち五人、そろいもそろって、一人もあだ名がないのよ!」
ドラマであれば効果音が入りそうなほどに勢いよく、アリサの指がフェイト達を示した。しかし、指された方の反応は鈍く、目を瞬かせて生返事をするばかり。アリサはそれを気にするでもなく、握り拳を作って力説する。
「呼び方は親しさを表すバロメータよ。もちろん、名前を呼ぶのが悪いとは言わないわ。でも、呼び方について疑問を持たないのは、お互いの関係を考えないのも一緒!私は、皆のニックネームを検証することを提案するわ!」
力強く拳を振り上げるアリサに、なのはが小さく苦笑した。その隣にいるはやては、特に動じるわけでもなく、にっこりと微笑んで口を開く。
「話が飛躍してる気もするけど――おもしろそうやな。ほんなら、まずアリサちゃんからいこか」
「アリサちゃんは、どんなのがいいの?」
小首を傾げるすずかを見て、アリサも腕を組んでうなる。
「うーん。自分ではいいのが思いつかないのよね。そもそもあだ名って、自分でつけるようなものじゃない気もするし」
彼女の言葉に、その場の全員がうなずいた。文化によっては一生に何度も名前を変えることもあるそうだし、ここ日本でも、そういうものがあるのかもしれないが――少なくとも、フェイトの周りでは自らの呼び名を考える機会はない。
「そうだねー……アリサちゃんなら、例えば、委員長とか?」
「あってるけど、なのはたちに言われるのは嫌」
「じゃあ、お嬢様」
「うー、それも、何だか私っぽくない」
「えー、そう?」
「そうよ。お淑やかとか、そう言うのはキャラじゃないわ」
それに何だかからかわれてるみたい、と、アリサは発案者のなのはをにらむ。なのははごまかすように笑って、頬をかいた。
頬に手を当てて虚空を見つめていたすずかが、合掌するように両手を叩いて、にこやかに言う。
「バニーちゃんとか、どうかしら」
「バニングス、だからやね。アリサちゃんの髪型、耳がついてるようにも見えるし、可愛くてええ感じやない?」
「ちょっとえっちな感じもするけど……そうね、いいかも。じゃあ次、すずか。あんたこそ、お嬢って感じじゃない?」
「ええっ!?そ、そんなことないよ」
アリサの印象を、すずかは頬を赤らめて否定する。しかしなのははアリサに同意するように何度も首を縦に振った。
「うんうん。上品で優しくて。お姫様って感じだよね」
「あ、ありがとう。でも、もう少し親しみのあるのがいいかな」
「すず、とかどうやろ」
「んー、うん。シンプルながら、なかなか言いえて妙ね。すずって綺麗な響きだし」
アリサは何かをつまんで、振ってみせる仕草をする。「鈴」とかけているつもりなのだろう。澄んだ音色のイメージは、すずかに似つかわしいとフェイトも思った。
「はやてちゃんは、どんなあだ名がいいかな」
「『バッテンガール』なんてどうや?」
「じゃあそれで」
話を振ったすずかにはやてが即答し、すぐさまアリサがまとめる。
「ちょ、突っ込んでぇな」
脱力するようにうなだれるはやて。十字型に髪を留めている少女は、アリサの反応がお気に召さなかったらしい。どうしてだろうとフェイトは目を瞬かせてなのはに視線を送ったが、なのはの方も、困ったように笑って首を振るばかりだった。
「そやなぁ――他には『おさなママ』とか」
「に、似合うけど……微妙……」
「はやてちゃんらしい、可愛くて優しいのがいいな」
「嬉しいけど、なんや、くすぐったいなぁ」
「むむ……やっぱりそう簡単にはいかないわね。保留にしましょう。なのはのあだ名はどう?」
「あ、私ね、なのはちゃんは『白雪ちゃん』がいいと思うの」
すずかが嬉しそうにはきはきと提案する。なのはが倒れるのではないかというくらいにのけ反った。
「うわぁ――な、なんだか私には可愛すぎるよ」
「そ、そう?でも、リボンとか白だし、お仕事の時も白い服じゃない?」
「にゃはは……そうだけど、さすがにちょっと恥ずかしい、かな」
「そっか。私も結構いいかなと思ったんだけど」
「ほんなら――『なのちゃん』『なのなの』『たかむー』……悪くはないけど、しっくりはこないんよね」
「そう言えば、管理局の方では、何か呼ばれてないの、なのはちゃん?」
すずかの悪気のない一言に、周囲の空気が凍りつく。
否、厳密にはぎこちなくなったのは、管理局勤務の三人で、アリサとすずかはクエスチョンマークを浮かべるばかりだった。
「し……」
何か重大な告白でもするかのように、なのはが唇をあける。はやてとフェイトが止めようとするが、なのは「大丈夫」と二人に笑いかけ、続きを重々しく口にした。
「『白い悪魔』って……」
その言葉に、今度こそ場がコンクリートのように固まった。
「……あんた、一体どんなことやらかしたのよ……」
アリサは、複雑に表情を変えた後、ため息混じりに言う。
「うう……あ、フェイトちゃんのはどうかな?」
「そ、そうそう!やっぱり、綺麗な金髪にちなんだのがいいよね」
重くなった空気を払拭するように、なのはとすずかは明るい声を出す。はやてもそれに乗じるように口を開いた。
「ムーンとかルナとかが、ええかな?フェイトちゃんて、何となく神秘的な感じやし」
「いいわね。でもちょっと気張りすぎかも。ハニーなんていいんじゃない?」
「はちみつのハニー?あ、可愛い。私は――」
わいわいと話し合うクラスメートたち。
自分のことを、楽しそうに話してくれる親友たちを見ると、心が暖かくなる。
だから、言うべきかどうか、フェイトは先程から迷っていた。
だけど――気持ちは、言わなければ伝わらない。
会話にはほとんど参加せず、沈黙を保っていた金髪の少女は、おずおずと自分の意思を口にした。
「えっと……やっぱり、フェイトって呼んでくれるのが嬉しい、かな。大切な人がつけてくれた名前だし」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
初めての友達が、自分を呼んでくれた時の名前。
自分の世界のすべてだった、あの人のくれたもの。
家族として迎え入れてくれた、新たな母の性。
ひとつ欠けても成り立たない、かけがえのない言葉。
他の誰でもない、自らを示すこの記号を、自分はきっと生涯大切にしていくのだろう、とフェイトは思う。
例えそれが――名付けた側にとって意にも留めない事だったとしても。
沈黙がおりているその場の雰囲気に、フェイトは我に返り、慌てて弁解をした。
「あ、その、あだ名が嫌なんじゃないよ!そうじゃなくて――」
言い募ろうとするフェイトを、アリサが手を挙げて制する。
「ま、一理あるわね。私も自分の名前は気に入ってるし。あだ名は自然につくもので、肩肘張ってつけるものじゃないのかも、ね」
アリサは、太陽のような屈託のない笑顔をフェイトに向けた。気が強くものおじしない彼女は、同時に周囲の気持ちを察することのできる繊細な少女でもある。あっさりとした、さわやかな気遣いが、フェイトには嬉しかった。
ありがとう。
フェイトは小さく口を動かした後、悪戯っぽく笑って付け加える。
「あ――でも。アリサは『おねむちゃん』がいいんじゃないかな」
感謝の気持ちを隠すようにして言ったその冗談に、アリサは笑いながら眉を吊り上げるという器用な芸当を見せた。
「くーっ!?言うようになったじゃない!生意気なのはその口か!可愛いけりゃなに言っても許されると思ったら大間違いよっ!!」
「わ、わ、そんなこと思ってないよっ」
追いかけっこを始める二人を眺めながら、残りのおっとり三人組は声を揃って笑った。
「フェイトちゃんアリサちゃーん、頑張ってー!」
「が、頑張るよなのは!」
「頑張るんじゃない!待ちなさいフェイト!」
「ま、待たないよっ」
少女を呼ぶ声が教室内に響き、彼女は微笑みながらそれに応えた。
アリサ:「ツンデレラ」で確定でしょう?
はやて:夜の王の意味で「夜王」(ヤオウ)。北斗の拳のラオウのような響きですね。
他には「揉み魔神」(狙った獲物を逃さない、狩りのときに管理局の白い悪魔、自身の守護騎士達もビックリの戦闘力を発揮しそうなイメージより)でしょうか。
すずか:「高嶺の花」・・・でしょうか?家はお金持ち、性格は控え目でクラスの男子の人気者になりそうですから・・・ねぇ。姉の方は色々な二次創作で「マッドサイエンティスト」になってますけど・・・
なのは:原作では高町家居候や忍からは「なのちゃん」と呼ばれてますね。
あと、父史朗の実家(なのはが生れる前に滅亡。生き残りは史朗本人と恭也、美由希、美由希の実母の美沙斗の4人だけ)は歴史ある名家みたいなものでしたらか、「没落貴族」とつけれなくもない気がしますね・・・