ぽてぽてぽて。
幼い少女が、両手を広げながら広場を走る。
彼女は、緑の草むらの中で妖精が踊っているかのような可愛らしいターンを決めて、こちらに得意げな表情を見せた。
とある日の午後のことである。機動六課の敷地の片隅で、私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは、ヴィヴィオの散歩の付き添いをしていた。
普段のルートから離れないという条件付きで、私たちは時々このように外出をする。お供が私だけというのは危なっかしいと思うのだが、当の母親の方は「ザフィーラさんが付いているなら大丈夫」と完全に信頼している様子だ。まあ、ヴィヴィオは賢い子で、場所も六課の中だ。めったなことはないだろう。
ヴィヴィオは辺りに咲いているシロツメクサの花を何本か摘んで、あれこれといじっている。花かんむりを作ろうとしているのだろうか?なのはやフェイトあたりが教えたのかもしれない。無論、私には(たとえ人型であっても)できない芸当だ。
彼女は四苦八苦しながらも、根気よく白の花をつなげていく。その数は五個、六個と増えていき、そのうちに腕輪ができるくらいの長さになった。ヴィヴィオは満足そうに手の中の花を見つめた後、新たな花を摘もうと地面を見回す。草花を吟味している彼女の視線は、一点に照準を合わせてぴたりと動きを止めた。
何事かと私が様子をうかがっていると、彼女はそっと地に手をのばして、ソレを手にする。
ヴィヴィオは、指につまんでいるものを私の鼻先に持ってきた。
「これ」
彼女の差し出したものは、何の変哲もないクローバー……と思いきや、よく見ると葉が四つある。普通は三つ葉のはずだから、なかなか珍しい。
そう言えば、以前主はやてから聞いた覚えがある。確か、四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶらしい。ヴィヴィオもその話を知っているのか、期待に満ちた顔で口を開いた。
「幸せ?」
質問には主語が抜けていたが、普通に考えればヴィヴィオ自身か私が幸せになれるか、という意味だろう。どちらの意味でも否定する理由は全くないので、私は素直に首を縦に振る。彼女は嬉しそうに笑った後、しゃがみ込んで眼下の緑に目を向ける。十秒ほどしてから、しゃがんだまま一歩踏み出し、監視カメラのように地面を見渡した。
二つ目、三つ目を見つけて、なのはたちの土産にでもするつもりなのだろう。彼女の眼はらんらんと輝いて、幸運の宝さがしに夢中になる。大人であれば腰を悪くしそうな姿勢で広場を行ったり来たりしていたヴィヴィオは、四つん這いになってクローバーの群生をのぞきこみだした。
彼女の服の裾をくわえて引くと、ヴィヴィオは首を傾けて私を見る。
見つめあうこと数秒。少女は自分の姿を見下ろして、私の顔を見直してから口を開いた。
「きたない?」
私は何度か首を上下に動かす。むしろ、膝や手のひらをすりむいたり、手に持っていた四つ葉を落とすのではないかという方が心配なのだが、この際細かいニュアンスは気にしない。ヴィヴィオは、私の意図を素直にくみ取って、しゃがみこんだ状態で探索を再開した。
ぐるぐると、草むらの上を移動する。私は彼女の様子をうかがったまま、緑の地面を探っていたのだが、三十分もすると、だんだん心配になってきた。
もしこのまま四つ葉のクローバーが見つからなかったら、彼女はいつまで探し続けるつもりだろうか。
そっとヴィヴィオの顔をのぞきこむ。
その眼は一生懸命で、邪魔をするのがはばかられる。しかし、あまりに頑張りすぎるのは、幼い体に良いことではないだろう。
私は再び少女の服をひっぱる。振り返った彼女に前足で寮の方角を示すと、ヴィヴィオは泣きそうな顔で首を横に振った。
「や!もっと!」
私に対しては聞き分けのよい(だだをこねるのは基本的に母親に対してのみだ)彼女が、こんなに意固地になるのは珍しい。驚くべき辛抱強さだと思う。随分と母親に似たものだと、妙に感心してしまった。
彼女の願いは叶えてあげたいが、実は私もかなりの範囲を探しており、結果一つも見つけられなかった。散歩開始からもう一時間以上が経過しているし、空はかすかに茜色に染まり始めている。これ以上は寮母のアイナさんも心配するだろう。
ヴィヴィオはあきらめる様子もなく、きょろきょろと地面を見つめていた。既に探したところまで、もう一度見れば生えているかもしれないとばかりに、念入りに調べている。スカートの裾は土で汚れ、指先も草の汁で緑に染まっているようだった。
誰か彼女を説得する人間がいればいいのだが、なのはやフォワード陣はもうしばらく訓練から手が離せないだろうし、フェイトも確か出張中だったはずだ。
私はため息をひとつついて、覚悟を決めた。
うつむいているヴィヴィオの下に潜り込んで、彼女を持ち上げる。きょとんとしている彼女を、自分の胴ごと拘束魔法で固定し、極力揺らさないように駆けだした。
「あっ、や、ザフィーラ、いやっ!」
暴れるヴィヴィオを無視して、私は六課内を走る。彼女が手にしているクローバーと未完成作品が落ちないかが一番の心配だったが、幸いにもしっかりと握っており、くしゃくしゃにはなってもどこかに飛んで行ってしまうことはなさそうだった。
「やだ、や――ふぇ、ええぇぇん」
背中から聞こえ始める、泣き声。
そう、泣き声だ。
最近になって知ったことなのだが、子供の笑顔と泣き顔ほど強いものは、どの世界を探してもそう多くはないのではないだろうか。生半可なロストロギアなど、この破壊力の前では消し飛んでしまうだろう。
覚悟はしていたはずだったのだが……
あまりにも、いたたまれない。
必死になってダッシュを続け、なのはたちの部屋に入って、へたり込む。ヴィヴィオはというと、完全に涙のスイッチが入ってしまっていた。六課中に聞こえるのではないかという音量で泣き続ける。
とりあえずヴィヴィオの手と顔を洗わせて、服も着替えさせたいのだが、誘拐犯でもそうそうこんな方法はとらないというやり方で強引に連れてきてしまった私としては、彼女が落ち着くのを待つしかない。
これは、決定的に嫌われただろうな……
後悔と諦めが半々の心境で、ヴィヴィオのそばでじっとしていると、アイナさんが走ってきた。
「一体どうしたんだい!?ああ、もう大丈夫だからね。よしよし」
アイナさんがヴィヴィオの頭をなでながら優しくあやすが、彼女が泣きやんだのはなのはたちが帰ってくるのとほぼ同時だった。
「ただいまー。あれ、どうしたの、ヴィヴィオ?」
いまだに鼻をすすりあげている少女に、なのはが声をかける。
フェイトが手を伸ばそうとした時、ヴィヴィオは自分の手の中に入ったままの草を母親たちに見せた。
「ん?あ、四つ葉のクローバー!すごいねヴィヴィオ!」
「本当。私、実物を見たの、いつぶりだろう」
なのはとフェイトは口々にヴィヴィオをほめるが、当の娘の方は、再び目に涙をにじませた。
慌てた二人は私の方を一斉に見るが、私は返す言葉に迷う。ヴィヴィオが二つ目に固執した理由を、直に聞いたわけではないからだ。
さしあたって状況を説明しようとしたところで、ヴィヴィオがつぶやくように言った。
「いっこじゃ、ひくっ、足りない、の……」
しゃくりあげる声に混じった、ともすれば聞き逃してしまいそうなくらいの小さな言葉。
しかし、彼女の気持ちのこもった、真摯な想い。
「なのはママと、フェイト、ママの、ぶん」
なのはたちは顔を見合わせ、ヴィヴィオはますます下を向く。
二人は優しくヴィヴィオを抱き寄せる。
私の方からは彼女たちの顔は見えなかったが、穏やかなその声は、少しだけ震えていたような気がした。
「ありがと、ヴィヴィオ。なのはママね、すごく――すっごく嬉しいよ」
「うん。フェイトママも、だよ」
「だ、だって――」
なのはは、クローバーを持つ少女の手を握る。フェイトも、示し合わせたかのように手を添えた。
「みんなで、一個。ね?」
ヴィヴィオは、二人の母の顔をかわるがわる見る。
最後に、クローバーに視線を落として、三度声をあげ始めた。
彼女がどうしてそんなに悲しいのか、機微にうとい私には見当がつかない。しかしアイナさんが穏やかに微笑んで席を外そうとするあたり、もう心配はいらないのだろう。
私もこっそりとその場を去ろうとしてドアを開けたところで、通路からヴィータの声が聞こえた。
「あ、ザフィーラ!お前何やったんだよ?泣いてるヴィヴィオをどこかに連れ去ろうとしてたって、課のやつらが言ってたぞ」
…………………
まあ、そうだろうな。
アレを見た者は、ロデオか誘拐か、何にせよヴィヴィオに対してよからぬことをしているのではと思ったに違いないし、それは事実でもある。
(――ザフィーラさん?)
(――何だろうか)
私は、辞世の句を考えながら、なのはの念話に振り返った。
*
「♪〜〜♪〜〜」
相変わらずの、とりとめのない鼻歌を聴きながら、私は草むらの上に寝そべっていた。
空は晴天。正午までもう少しという時間帯の、六課の広場で、ヴィヴィオと私は昨日と同じように草むらに腰をおろしていた。
なのはとフェイトに何をされたかというと、実は特に折檻をされたわけではない。
彼女たちがいないときには、これからも、きちんとヴィヴィオを守るように。
ただ、それだけを依頼された。
信頼されている、ということだろうか。夜空の星になったり全身チリチリになったりと、シュールな自分の姿を予想していただけに、肩すかしをくらった気分だ。
いやいや、物足りないという意味ではない。それどころか、守護騎士として名誉なことだという他ない。
それでも、どことなく落ち着かない気持ちになっている。
居心地の悪い気分を持て余す一方で、その理由を、私はなんとなく理解していた。
多分、私はいまだに慣れていないのだろう。
他の誰かから向けられる、好意というものに。
十年も前からずっと、主殿をはじめ、様々な人々に世話になっているというのに、愛想のひとつも返せていない。我ながら不義なことだ。
とはいえ、私に、にこやかな顔など、無理難題だ。鉄面皮が柔らかくなるよりも、シャマルの料理が上達する方がよほど早いだろう。
だから――
「できた」
ヴィヴィオは、シロツメクサで作った花かんむりを両手で持って、私に笑いかける。
頷いて見せると、彼女は私の頭にそのかんむりを乗せた。
「ザフィーラ、似合ってる」
だから、微笑みを向けてくれる者の、その気持ちを失わせないように。
それがきっと、守護獣たる私の役割なのだろう。
礼代わりにヴィヴィオの頬をなめる。
彼女はくすぐったそうに身をよじらせて、満面の笑顔を見せた。
P.S. 今回のお話のイメージイラストをいただきました!
>
花かんむりとお姫様
子供を泣かせて、誘拐・・・堕ちるところまで堕ちた外道扱いの素敵すぎる運命・・これでこそ、ザフィーラだ。
>なのはとフェイトに何をされたかというと、実は特に折檻をされたわけではない。
八神家メンバーからはされたんじゃないんですか??
>夜空の星になったり全身チリチリになったりと、シュールな自分の姿を予想していただけに、肩すかしをくらった気分だ。
つまり、アフロで星になりたい、と?