世の中には、知らない方がいいということが往々にしてある。
無知は罪、と唱えるむきもあるだろう。しかし、無知こそ武器という局面も確かに存在するのだ。
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは、まさしくそんな場面に出くわしていた。
ここは聖王教会。現在、私は通路の真っただ中におり、そこからは広場が見える。そしてその一角には、一組の男女が顔をそろえていた。
一人は高町なのは。言わずと知れた、時空管理局武装隊のエースオブエースだ。彼女がここにいること自体はさほど不思議なことではない。恐らくヴィヴィオに関することだろう。
しかし、彼女が語りかけているもう一人は、この場にいるのは珍しい。
優しげな顔立ち、長いライトブラウンの髪。スーツ姿でなければ女性に見えなくもない風貌の人物。しばらく会っていないが、彼には見覚えがある。
「あ、そうそうユーノくん。この前ね――」
やはり、というべきなのだろうか。私はかろうじて聞き取れた男性の名前を聞いて、小さくため息をついた。
常識的に考えて、男女が親しげに話しているところを見たところで、特に問題はない。そもそも二人は十年来の幼なじみであり、お互いをにくからず思っていたとしても、強いきずなで結ばれていたとしても不自然ではない。そして、仮にそれが恋愛に発展したとしても、咎めるべきことはないだろう。
問題があるとすれば、それを私が知ってしまったということだ。
男女関係は、私の最も苦手とする分野である。自分自身のことはもちろん、他人からの相談を受けたとしても、さして力になれるとは思えない。だから、それを知ることは不要なリスクを負うだけなのである。
そう、例えば――
「あ、ザフィーラ」
こんな時、だ。
彼女の穏やかな声に、私は音がしそうなぐらいにぎこちなく振り返った。
長い金髪に、黒のリボン。見慣れた機動六課の制服。
本局執務官――フェイト・ハラオウン。
今この場で、最も出会いたくない人物だった。
何故私がそう思うのかはご想像にお任せする。私自身もうまく説明できる自信がない。
ただ、私の本能がアラームを鳴らしているのは間違いないことで、暑いわけでもないのに汗が全身から吹き出るのを感じた。
「貴方がここにいるということは、はやても来てるのかな。六課の外で会うなんて不思議な感じだね」
ついでに、なのはもここにいます。
などと、もちろんそんなことは口に出せるわけもない。
柔らかな笑いを見せるフェイトに対して、自然なそぶりを必死に装う。彼女の注意をこちらにひこうと、何気なく質問を試みた。
「そうだな。お前の方はカリム殿に用事か」
「うん。なのはも一緒に来たんだよ」
返ってきた答えでいきなりKO直前。
「そ、そそそそうか」
私の裏返った声に、彼女は小首を傾げた。
「そうだ、ザフィーラ……ナノハミナカッタ?」
その何気ない質問が、私の全身を強張らせる。
「い、いや。全然全くちっとも見なかったし、心当たりもない」
「ドウシタノ?ナンダカ、ヨウスガヘンダヨ……?」
底冷えのする声が私を縛り、体が、勝手に震えた。
「……ソトニ、ナニカガアルノ?」
彼女はそう言って、整った顔を広場に向けようとする。
どうして、それが分かったのだろう。
しかし今はそんなことは問題ではない。
私は全力で飛び上がり、窓に張り付いた。
「……」
言いようのない沈黙。
「――えい」
「わっほう!?」
フェイトの指が私の脇腹をつつき、私は反射的にずり下がる。
彼女が息をのむ音。
もう駄目だ、と思った。
今までありがとうございました、主殿……
「誰かと思えば、ユーノだ。ふふ、こんなに揃うと同窓会みたいだね。アルフも呼んだら喜ぶかな」
「――ぬ?」
「え?」
私たちは、どちらともなく顔を見合わせる。
先に硬直から脱したのは彼女の方だった。
「えーと……もし違ったら忘れてほしいんだけど……私、怒ったりしないよ?」
おずおずと言い出す彼女に、私はまばたきを返す。
「ユーノとは割と最近、なのはも含めて会ってるし、彼はなのはの大切な友達で、魔道士としての師匠でもあるし」
『友達』を強調したように聞こえたのは私の気のせいだろうか。いや、邪推だ、きっと。
私がとても口にできないツッコミを考えている間に、彼女は続きを言葉にする。
「それに何より――なのはが、楽しそうだし」
ちょっと複雑だけど、と彼女は付け加えて、淡く微笑んだ。
「――そうか」
私は返す言葉がなくて、ただ頷く。
そして、先程までの行動と思考を、恥じた。
「ところでザフィーラ。一応の確認だけど」
私の髪の毛が逆立つ。
肌がぴりぴりとして、思わず一歩後ずさる。
それらの感覚が決して錯覚などではなく、電気による物理的な現象の結果なのだと気づいた時には、目の前の少女は三角形の金属を手にしていた。
「さっき、どうして私になのはたちのことを隠したのか……キカセテホシイナ」
「ま、待てフェイト!やっぱり怒ってないか!?もの凄く八つ当たりっぽ#$%&!!!」
電撃が私の体を貫き、珍妙な悲鳴が通路に響く。
女性が怒っていそうな時、それを確認してはいけない。
そう教えてくれたのは、主殿だっただろうか。
自分の記憶を走馬灯のようにめぐらせながら、私はしばらくの間、脊髄反射で踊り続けた。
教訓。やはり他人の恋愛ごとには首をつっこむべからず――
と、分かっていて巻き込まれれば世話のない、というお話。おそまつ。
>やはり他人の恋愛ごとには首をつっこむべからず
突っ込まなくても、同じ目に逢うのでは?
それがザフィのアイデンティーでしょう。