「八神部隊長?うん、凄いよね。すっごくしっかりしてて。その上魔道士としても超一流」
更にはなのはさんと幼なじみだし、と強く主観の入った感想を言って、スバルはもっともらしく頷く。私は適当な相槌をうって、軽く肩をすくめた。
私の名前はティアナ・ランスター。現在は時空管理局、本局古代遺物管理部――通称、機動六課の前線部隊として働いている。
当面の目標は執務官になること。世間一般で言って、軍のエリートコースのひとつと言って差し支えないだろう。どうしてそんな難関を目指しているのかは、ここでは割愛する。
ともかく、幸運にも機動六課に在籍しているという恵まれた環境を、私は精一杯生かしていかなければならない。なにしろ、ここは前後左右どちらを向いても、才能、人脈、人格などなど、見本とするべき人物ばかりなのだ。
そんなわけで、私はつい先程壇上にいた人物、八神はやて部隊長について、改めて注目していたというわけなのだった。もっとも、あの人と私では階級も仕事の種類も差があり、一緒に仕事をする機会など大してない。自分で確かめられない以上、情報はもっぱら伝聞に頼ることになるのだが――
隣のスバル・ナカジマに聞いてみたところ、まあ案の定、私の抱いていたものと似たり寄ったりだった。当然と言えば当然だ。親が八神部隊長と知り合いであるということ以外は、彼女も基本的に私と同じ立場なのだから。
「そう言えば、ティアナたちは、もう部隊長に受けた?アレ」
「アレ?――何ですか?」
話に加わっていたシャーリーの一言に、私たちは首を傾げる。彼女は手の指を折り曲げたり伸ばしたりを繰り返して見せ、そのジェスチャーに私は納得の代わりにクエスチョンマークを頭に浮かべた。
「何かの挨拶ですか?それ」
「そっか。えーと、挨拶といえばそうかな?多分すぐに分かるようになるだろうから、内緒にしとく」
シャーリーの意味深な笑顔にスバルと私は顔を見合わせたが、彼女の言う通り、その意味をすぐに知ることになった。
*
私は、廊下を歩きながらため息をつく。スポーツドリンクの微かな甘い香りが漂い、反射的にこめかみをひくつかせた。説明するほどのことでもないのだが、相部屋のスバルに頭からジュースをかけられたため、シャワーを浴びに行く途中である。全く、転んだ拍子に私だけに浴びせるとは、何とも器用な子だ。明日のドリンク代くらいはおごらせてやる。
実にどうでもいい小さな決意を固めながら更衣室のドアを開けると、先客がこちらを向いて目を瞬かせた。
「あ、八神部隊長。それにアルトも。お疲れ様です」
私の挨拶に、彼女たちはにこやかに返事をする。
「お疲れ様、ティアナ」
「お疲れ様や。めずらしいなぁ、こんな時間帯に」
「あはは――ちょっと部屋でやっちゃいまして」
濡れている私の髪を見て、何があったのかは察しがついたのだろう。八神部隊長とアルトは軽く頷いて微笑んだ。業務中でなく、さほど気がまえることはないとはいえ、こういうところを見られるのは少し恥ずかしい。私は先程のスバルへの報復計画に、アイスを追加した。
私たちは、世間話をしながら体を洗う。フォワード陣やなのは隊長、ヴィータ副隊長のことなど、話題はもっぱら機動六課の人物についての会話で、二人は楽しそうに私の言葉に相槌を打ってくれた。アルトはスバルとよく話しているから、その関係で私ともそれなりに親しい。しかし八神部隊長が屈託なく笑う姿はあまり見る機会がなくて、私にとっては新鮮だった。その姿は上司というよりも先輩のような気やすさで、彼女は自分とさほど年の変わらない女の子なのだということを改めて感じる。
「ところで――アルト、ちょお大きくなったんとちゃう?」
「さて、どうでしょう?どなたかのマッサージのおかげかもしれませんねー」
シャワーから出た後、着替えながらの唐突な会話に、私の片眉があがる。大きく?マッサージ?訓練生の女子の間でも、時々そんな会話はしてたけど――
「ひょっとして誘ってるん?それはお言葉に甘えんとなぁ〜」
目の前で繰り広げられる、言葉にはしづらい光景。黄色い声が飛び交い、私は若干のめまいを感じながら、手を閉じたり開いたりした。なるほど、シャーリーのあの動き、そういうことか……ん?ということは、ひょっとして、私にも――?
「――うん、やっぱりティアナも綺麗やなぁ」
「へ?い、いえ!私なんて、お二人に比べれば、全然っ!!」
部隊長の興味が、私に向いたらしい。心の中でアラームが盛大に鳴り響く。そんな私の動揺を知ってか知らずか、部隊長と戯れていた通信員が、しれっと上官に告げ口をした。
「あーそうそう、スバルに聞いたんですけど、ティアナってよくスバルに胸さわられてるらしいですよ」
う、あ、アルト、貴女は何ということをっ!
「ふっふっふ……是非とも私もあやかりたいところや……」
八神部隊長は、妙にいやらしい指づかいで宙をかきまわしながら、ゆっくりと近づいてくる。唇をひきつらせて硬直していると、アルトが私の肩を叩いてにやっと笑った。ああ、この笑い。よからぬ悪戯を考えているスバルにそっくりだ……
「大丈夫。すぐによくなるよ、ティアナ」
「アルト、そういう問題じゃなくって!ていうか、表現が変!よくなるって何!?」
「その辺も、みっちりと教えたるよっ」
上司は、フェイトさんもかくやという素早い動きで、一瞬で間合いを詰める。
そして――
*
「はふぅ……」
「あ、ティア。お帰り――あれ、のぼせた?なんか、顔真っ赤だよ?」
「うっさい――」
私は、部屋に戻るなりベッドに倒れこんだ。
大丈夫、あれぐらいは訓練生の時でもありふれた戯れだ――ぼうっとする頭で、冷静になれと自分に言い聞かせる。
野暮で余計な説明だとは自覚しているが、誤解のないように付記しておくと、私は服の上から軽く胸を触れられただけである。ただ、それがまるで恋人にするかのような優しい仕草だったので(多分、私が嫌がるかもと気遣ったのだろう)、必要以上にドギマギしてしまった。
それにしても、あれが八神部隊長のスキンシップ、なのだろうか。相手によってはセクハラのような……いや、相手が嫌でなければハラスメントではなくコミュニケーションだろう。きちんと確認もされたし。とすると、私はふざけあっても大丈夫だと認められたということだろうか?そうであればいいと思う。大胆なアプローチの割に、相手のことを随分と考えている部隊長のことを思い返すと、何とはなしに笑いが込み上げてきた。
私の様子を妙に思ったのか、スバルが心配そうな顔で覗き込んでくる。スキンシップ、か。こいつも同じこと言ってたな。ならば――
「試してみよう、かしら」
「ん、何?」
呟いた私の言葉を聞き取ろうと顔を近づけた彼女に、私は手を伸ばす。
それから――私たちの部屋では、どったんばったんと夜にふさわしくない震動が1分ほど続いた。何があったかと問われれば、私は少なくとも色気だけはなかったと答えるだろう。スバルは私らしからぬ行動に嬉々として私にやりかえそうとし、その後は基本的にワンサイドゲームだった(もちろん取っ組み合いで私が彼女に勝てるわけがない)。やはり、相手を選ぶのは重要だ。
『なにごとも経験やよ♪』
ベッドでぐったりしている私の頭に、先程の八神部隊長の言葉がよぎる。本当、私の上司は大物である。
「あー楽しかった。こういうのって、なんかいいよねっ」
にこにことして話しかけるスバルをにらんで、私は枕に顔をうずめた。
リーダーへの道は、はるか遠い。
そして、ツンデレのティアナは八神流スキンシップ術の習得のため、はやて道場主に弟子入りするのであった・・・