部屋に飛び込んで、シャマルはすぐに事情を察した。服をはだけさせて左肩を押さえているシグナムに駆け寄る。止血をしている手ぬぐいは赤く染まっており、それはヴィータのいる背中方でも同様だった。当てた布を外して傷口を確認し、すぐさま癒しの法術をかける。
「大丈夫、これならすぐに治るわ。でも――貴女にこんな傷を負わせるなんて……」
「すまん、不覚をとった」
動揺するシャマルに、シグナムは短く謝罪の言葉を述べた。彼女が謝る必要などどこにもないのだが、そうせずにはいられない生真面目さが彼女らしいとも思う。ザフィーラの方を向くと、彼は窓際に目を向けながら口を開いた。
「蒐集中に唐突に現れた騎士が、予想以上の手だれだった。蒼の騎士甲冑に、カートリッジ搭載型のアームドデバイス。一見なので確証はないが、我々と同ランクか、あるいはそれ以上かもしれん」
「けっ、ぶったおしに行ってたら、あたしたちがやられるわけねーよ。らしくもなく背中見せるからこんなことになるんだ」
「言うな、ヴィータ。主クラウスを思ってこそだ」
「へーへー」
たしなめるシグナムの声に、幼い少女は不満の表情を見せながらもあっさりと引き下がる。リーダーの容態がはっきりして安心したのか、ベッドに腰をかけ、退屈そうに足を交互に揺らせた。
「だが、ヴィータの言うことにも理はある。我々をかばったその傷は、私の責任だ。あの騎士が繰り出した矛先の延長上に我々がいなかったら、シグナムも一撃を避けられただろう」
「どうだろうな。確かに、あの距離で回避できないようでは、本来の距離で撃たれたら致命傷だろう。あれは恐らく中距離用の技だ」
サポートが本職で、戦場に立った経験が多くないシャマルには、その蒼い甲冑の騎士の実力をはっきりとはイメージできない。しかしどんな経緯があったにせよ、シグナムに怪我を負わせたという事実は、十二分に警戒する理由になりえた。
「出来れば、その人と戦うのは避けた方がよさそうね。今のペースで十分だってクラウス様がおっしゃってるんだもの、無理をして大怪我をしたなんてことになったら、余計な心配をかけさせてしまうわ」
傷をふさぎ終えた彼女は、血を拭き取りながら自分の意見を述べる。シグナムとザフィーラが頷き、ヴィータはそっぽを向いたが、異は唱えなかった。
「そうね――しばらくは私も蒐集に参加させて。奇襲されなければ私の能力は離脱に向いてるし、直接会って上手く魔力やデバイスの波長を記憶できれば、その後に遭遇しそうになってもいち早く察知できると思うから」
「それは構わんが、主クラウスはどうする。ここは外部からの侵略もないようだし、今のところは闇の書の侵食もないようだが……」
守護騎士の将の言葉を予想していたシャマルは、目を細めて自分のリーダーを見つめる。
沈黙の数秒が過ぎ去った後、シグナムはその視線の意味を理解して、声を震わせた。
「なっ、シャマル、お前まさか」
「ご名答、かしら?主様のことよろしくね」
「馬鹿な!私がその、主クラウスのことを、お世話、ではない、ああもう、そもそも前線に出るはずの私が何故」
「怪我は治したけれど、出血とか疲労とか、色々あるんだもの。少しくらい休養をとっても、罰は当たらないわよ。それに貴女、クラウス様と二人で話したこと、ほとんどないでしょう?」
リーダーの台詞をさえぎった言葉に、彼女はぱくぱくと口を開閉しながら頬を朱に染めた。ヴィータは、対照的にきちんと声を出して文句を口にする。
「シグナムばっかりずりいぞ!誰かがクラウスのそばにいればいいって言うんなら、あたしだって問題ないじゃねーか!」
シグナムの怪我のことがすっかり頭から抜けているらしい点はあえて言及せず、シャマルはヴィータの頭をなでた。
「じゃあ、みんなで交代にしましょうか。それならヴィータちゃんもクラウス様に会う時間が増えるんだし、いいでしょう?」
「ん、まあ、それならしゃーねーな……」
「ザフィーラも、お願いね?」
「了解した」
獣姿の守護騎士は、背を向けたままで返事をする。シャマルが手当てを始めてから、彼は急に外ばかりに目を向けていた。彼女と同様の疑問を持ったのか、ヴィータはザフィーラの背中越しに窓をのぞく。
「……なあ、外に何かあるのか?」
「いや――もう治療は終わったのか?」
控えめな彼の質問の意味に気付いて、シャマルは納得の声を漏らした。怪我の治癒は確かに終わっている。腕や胸に伝っていた血もほとんど拭き終わり、つまりシグナムの滑らかな白い肌は、かなりの面積があらわになっていた。当の本人は特に気にするでもなく、身体の前面を拭きながら口を開く。
「ああ、もう大丈夫だ。ザフィーラ、気を遣わなくてもいいぞ。私は女である前に守護騎士であるつもりだ」
「――あ、クラウス様」
彼女がこれ見よがしに声をあげると、シグナムは反射的に腕で胸を隠そうとした。すぐに冗談だと気付いたシグナムは、全身を赤らめてシャマルをにらむ。吹き出しそうになる自分をこらえるのに精一杯で、リーダーの狼狽ぶりをきちんと堪能できなかったのが残念だった。
「……」
ザフィーラはなおも窓と向かい合ったままでいる。尻尾と耳がうなだれているように、シャマルには見えた。
*
アルベンハイムの屋敷から東に十キロメートルほど。ベルンハルト・アルベンハイムは、城の庭を付き人なしで歩いていた。自身が優秀な騎士であるということもあるが、彼は一人で行動するのが好きだった。
もちろん、地位が上がればそれだけ見栄が必要になることは理解している。だから彼は人の目のあるところでは、それなりに贅沢をし、人を使っており、それを楽しんでもいた。しかし、少なくともこれから会う相手には、そんな領主らしさを見せる必要はない。
見渡しの良い場所で広い庭をぐるりと見渡すと、木陰に座り込んでいる少女が見える。近づくと、彼女は顔をあげて、微笑みながら手を振った。
「ごきげんよう、お兄様。お久しぶりです」
「ああ。元気そうだな」
シーツを広げて座っていたその女性は、軽やかに立ち上がって礼をする。はちみつ色の滑らかな髪がふわりと広がった。
「しかし相変わらずだな、アルマ。お前が言えば、テーブルなり日除けなり、いくらでも用意してくれるだろうに」
庭の隅でくつろいでいた妹に、ベルンハルトは呆れたように口を斜めにする。彼女は、可憐で淑やかそうな外見とは裏腹に、野山を駆けるのが好きな少女だった。成長した今もその気質はあまり変わっていないようで、ドレス姿で城内を駆け回ったりしてはいないかと時折心配になる。
アルマは、小さく口を尖らせて不満の意を示した。クラウスよりも年上の彼女は、童顔のせいで弟と同い年か、ともするとそれよりも幼く見える。もっともそれは、ベルンハルトやクラウスなど、家族の前でだけ見せる、無邪気な表情のせいかもしれない。
「お兄様は分かっていません。人も自然から生まれ出たもの。同じ外にいるにせよ、土に足をつけて木に手を触れ、葉の揺らめきに風を感じてこそ、真に安らげるというものです」
妹のもっともらしい台詞に、ベルンハルトは苦笑して両手を挙げた。
「全く、日に日にたくましくなる。兄としては複雑だ」
「そうですよ。私はもう大人ですもの。お兄様の教えを守って、日々精進しているのです」
強くあれ、と言ったのは、確かにベルンハルトだ。妹たちが成人する前に両親を失ったアルベンハイム家は、英才教育を受けていた(そして才能も野心もあった)ベルンハルトによって傾くことなく領主という立場を保っている。仮に彼が倒れたとしたら、今の状態を維持するのは難しいだろう。
この世界は弱肉強食。いつ何時、どこで誰に狙われるかも分からない。
そしてそれは、例え相手が家族であっても、例外ではない。
彼の父は、いつでもそうやって彼に教えてきた。だから、今度は長兄である自分の番だ。
一刻も早く一人立ちできるようにという、兄なりの気配りだった。
「ご安心なさってくださいな。私、もっと立派になって、お兄様も、クラウスも守って差し上げ――」
アルマは言葉を途切らせ、城を見る。同時に同じ方向に移したベルンハルトの視界に、一人の騎士の姿が見えた。
「失礼いたします!アルマ様、休養中申し訳――」
「ええ、大丈夫。すぐに行きます」
内容を察しているのか、話をろくに聞かずに騎士を下げさせた彼女は、整った眉を八の字にして兄を見上げた。
「とても残念です。せっかく来てくださったのに」
「かまわん。また来る」
「そうそう、最後に一つだけ。クラウスは元気ですか?」
幼い頃から弟を可愛がっていた妹は、今もクラウスのことを気にかけている。ベルンハルトが頷いてみせると、彼女は安心したように微笑んだ。
優雅に膝を曲げてお辞儀をするアルマに挨拶を返して、同時に背中を向ける。
歩き始めたときには、まだ城に入ってもいないであろう妹のことを忘れ、幾多の政を頭の中でめぐらせていた。
次回予告
シグナムの奴、クラウスと何をしてるかと思ったら……舞踏会だって?んー、まあいいや。あたしそーいうのあんま興味ないし。どーせなら一緒に遊ぶ方が楽しいしな。主のお守り、頼むぜリーダー?
それより、こっちはあいつをどうにかしなきゃな。あー、めんどくせぇ。
魔法少女なのはPS 第3話 紅 蒼 翠
あたしもちゃんと活躍するから、読んでくれよなっ。<
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