私がメンテナンスルームに足を踏み入れた時、シャリオ・フェニーノは、何やら楽しげな声で独り言をつぶやいていた。
「うふふー。誰の声で放送しようかなー。アルトとかが無難かな?でも、はやて部隊長とかインパクト大きそうよねー」
首に巻きつけてあるバンドをさすりながら、彼女は意味深に笑う。
「失礼する。シャリオ、はやて部隊長が隊長室で呼んでいる。行ってくれ」
「え?あ、ザフィーラさん。はい、分かりましたっ」
彼女は私の声に一瞬驚いたものの、振り返った後にすぐ笑顔になって、首のバンドを外して出て行った。
ここは機動六課。現在勤務時間帯の真っ最中である。私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは六課の護衛が主な役割だが、さしあたって用事のない時は、お使いがてら課内を見回ることもしていた。
主殿の依頼も果たしたし、今日はフォワード陣の訓練を見学することにしようか――そう考えながらメンテナンスルームを出ようとした矢先、部屋の中から声が響いた。
『Mr.ザフィーラ』
「む――レイジング・ハートか。どうした」
私の問いかけに、声をかけた主である赤い球体のデバイスは、返事をするかのように明滅する。
レイジング・ハート。彼女(女性の声なので便宜的にそう呼ばせていただく)はエースオブエース高町なのはの相棒というべきデバイスである。ここに彼女がいるということは、どうやらメンテナンス中らしい。前線部隊は必然的に戦闘も多く、デバイスも酷使しがちであるため、メンテは欠かせないのだろう。
『Ms.シャーリーがつけていたそこの首輪なのですが――私が思うに、あれは貴方にこそ必要なものだと思うのです』
「ふむ――?どういうことだ?」
『つけていただければ、すぐにわかると思います、Mr.』
唐突の彼女の説明に、私は首をかしげながらも首輪を身につける。
「つけたが――」
言葉を発して、私は喉を押さえた。自分の声が、明らかに女性の声に変わっていたからだ。
「む、これは――変声器、か?」
『その首輪の機能のようですね』
「――興味深いが、あまり使い道はないな」
私は肩をすくめながら言った。スパイか何かになるのであれば、擬態のスキルは役に立つだろうが、私の役目は護衛である。声色を変えたところで何かの足しになるとは思えない。しかしレイジング・ハートは私の意見に不満げに声を発する。
『何を言っているのです、Mr.ザフィーラ。これは、貴方のマスター、八神はやて部隊長を喜ばせられる絶好のチャンスなのですよ?』
はて――いきなり何だというのだ。
いぶかしげな私の視線に、彼女はいかにもデバイスらしい平静さで、私に語りかけた。
『古今東西、笑いというものは人の心の安定をもたらします。そして、パロディー……つまりものまねは、人を笑わせる、漫才と呼ばれる手法の中で、最もメジャーと呼んでも差し支えありません』
「むぅ、そういう、もの――だろうか?」
『そうですとも、Mr.。そして、部隊長を笑わせる――ひいては安らがせることは、守護獣たる貴方の役目として、相応しいことではありませんか!?』
私は、彼女の勢いにたじろぎながら首を傾げる。言っていることはもっともらしい気がするが、そういうことは、私には荷が重い気がする。
『今――自分には向かない、そう思いませんでしたか?いえ、決してそんなことはないはずです。Mr.ザフィーラ。貴方は実に観察眼が優れている。それは接する機会の多くない私にもわかります。その能力がものまねには最も重要なもの。それを身につけている貴方は、練習によって表現力を身につければ、きっと主を楽しませるに足るエンターテイナーになれます!』
私の思考を読み、流暢な口調でたたみかけるように言うレイジング・ハート。何となくそんな気がしてくるから、不思議なものだ。
『さぁ!特訓し、見せつけるのです!はやて部隊長に、そして機動六課に!貴方の生き様をッ!!!』
「わ、解った。まずは試してみよう」
彼女の、(いつの間にやらデバイスらしからぬ)熱弁に押し出されるように、私は首輪の機能を手探りで覚え、ものまねの練習を始めた。
「あ……あー。ゴホン――や、やっぱりはやてのご飯はギガウマだぜ」
『Good!さすがMr.ザフィーラ。短い台詞ながら、同士Ms.ヴィータの特徴をよくとらえている。しかしまだ照れがあります。やるからには、怯まず、臆さない。それが笑いの鉄則です』
「け、険しい道のりなのだな――」
『その通りです。しかし、貴方はそれを乗り越えられる。そう私は信じています。そうですね――私がサンプルになりますから、復唱してみてください』
彼女は咳払いでもするかのように間をとった。
そして、厳かに――
『にゃはは、相変わらず、フェイトちゃんの髪ってサラサラのツヤツヤだね♪』
やたら可愛らしい声を出した。
「――」
『Repeat after me』
絶句している私に、至極冷静な声でレイジング・ハートは促す。
「に……にゃはは……」
『No!もっと屈託なく!無邪気に!』
「フェ、フェイトちゃんの髪って――」
『まだです!マイマスターは更に可愛らしく、艶っぽい!』
「フェイトちゃんの髪って、サラサラのツヤツヤだねッ!!!」
『Yes!Great!!その調子ですMr.ザフィーラ!さあ、次は身近に戻っていきましょう!Ms.シャマルをお願いします!』
半分やけになった私のものまねに、レイジング・ハートは私を励ましながら次を促す。
――ちらっと疑いの気持ちが私の頭をよぎったのだが、彼女は、ひょっとして面白がってはいないだろうか?……いや、まさかな。あの高町なのはのデバイスだ。一直線に誠心誠意である可能性の方がよほど高い。
「ふんふふ〜ん。たまねーぎの〜♪皮むーいて〜♪みじん……ぐずっ、やっぱり染みます〜」
『な、なんと……それは、料理中のMs.シャマルですか?あえて、普段私たちが見ていない姿を持ってくるとは……!ものまねとしては分かりづらい点が難ですが、恐れずに鼻歌で攻めた貴方の心意気を評価しましょう!次はMs.リインをっ!』
「おひさまぽかぽかで暖かいですぅ〜。ふぁ〜」
『Not bad. なかなかのものです。ですが、更に上を目指せるはず!もっとパンチの利いた、インパクトの強い台詞を!Ms.シグナム!』
必死に課題をクリアする私に、彼女はノリノリで新たな注文をつけていく。私も、だんだんとおかしいテンションになりながら、首輪の音声を調整した。
「――ああ、テスタロッサ!お前は実にいい!私をみなぎらせる!」
『Yes!イエス!もう一声!!』
「ま、まだやるのか!?」
『Of course!何もMs.フェイトに対したものを想定せずともいいのです!さぁ!貴方の妄想――もとい想像力を最大限に広げて!!』
「っ――主はやて!お慕いしております!!この身を捧げるに一片の躊躇なし!」
『もっと!愛をこめて!』
「主殿ぉ!!愛しています!!!!!!」
『マーベラス!マアアアァァベラスッ!!!!』
「何をほざいている貴様ぁ――!!!!」
盛大な叫び声とともに、メンテナンスルームのドアが開く。
「『え?』」
私たちが間の抜けた声でそちらを向くと、ヴォルケンリッター・シグナム本人が、愛剣を片手に立っていた。
*
三分後。私は半分炭化して、メンテナンスルームの床に転がっていた。
「あの――ごめんなさい……大丈夫ですか?ザフィーラさん……」
シャリオが申し訳なさそうに私を見下ろす。
私が滅多切りにされている時にシグナムが言っていた内容の端々から類推するに、どうもここでの会話が館内に放送で漏れていたらしい。駆け付けたのがシグナムであるということは、はっきりと流れたのは最後の部分だけだったのだろうか――なのはの真似が課内で聞かれていたのではと思うと、それだけでぞっとする。レイジング・ハートは大丈夫だろうか……いやまあ、主に騒いでたのは私だから、彼女に被害が及ぶようなことはないだろうが。
しかしなるほど、そういえば、あの時のシャリオは何か、放送用のスイッチをいじっていたような気がする。メンテナンスルームに入った時の彼女を思い出しながら、私は返事をした。
「いや……そもそも、お前のものを勝手に使って、あげく羽目を外した私の不注意だ……こちらこそ……すまぬ……」
息も絶え絶えの台詞に、主はやては苦笑しながら私の手を取った。
「すぐシャマルが到着するさかい、ちょお我慢してな。それにしても、あれがザフィーラなぁ……情熱的やったよ」
『――Mr.ザフィーラの、思いの賜物です』
レイジング・ハートが、主殿の言葉に返事をする。フォローのつもりだと思われるが……それにしては誤解を招く表現ではないだろうか。その証拠に、主殿はきょとんとして目を瞬かせている。それから、くすぐったそうに笑って、私の額をつついた。
「そうなん?そんなに叫ばんでも、ザフィーラのことはよお分かっとるつもりやよ」
やはり誤解されている。いや、間違ってはいないのかもしれないが、ニュアンスがずれている気がする。返事に困っている私に、主殿は追い討ちをかけた。
「私もザフィーラのこと、大好きや」
「わふっ!?」
情けない反応にくすくすと笑う様子を見て、彼女はレイジング・ハートの意図を読み取った上で冗談を言っているのだ、と私は悟った。
『なるほど――余計なおせっかいでしたね。貴方は既にマスターを和ませているようだ』
出来れば、私ももう少し手段を選びたいのだがな――
赤のデバイスの感心したような評価に、私は複雑な思いで尻尾を振った。
ザフィの本心と勘違いされるのか?