「あぢぃ……」
普段、無愛想ながらもきびきびとした紅の少女は、テーブルに突っ伏したまま、呟くような声で言った。
「本当ね――」
花火の絵がプリントされているうちわをパタパタとあおぎながら、金髪の女性がため息まじりに言う。彼女の真正面に座っている女性も、腕を組んだまま同意した。
「体が汗でべたつくな――シャワーを浴びたばかりでこれでは、きりがない」
「溶けてなくなりそうですぅ――」
テーブルの上で、小さな少女が言葉どおりに溶けそうなほどのけだるげな口調で言った。その声を聞いている私はというと、ぴくりとも動かずに床に突っ伏していた。ヴィータ曰く「夏場の白熊みてー」だそうだ。先日動物園に行ったそうで、そこで見てきたのだろう。他のメンツも似たり寄ったりだと思ったが、あえて口にはしなかった。
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター、ザフィーラは、他の守護騎士たちとともに自宅で何をするでもなくじっとしていた。主殿は学友の方と外出しているが、こんなにも八神家に予定がないのは珍しい。まあ、これほどの炎天下であれば、予定があっても外に出るのは躊躇してしまうかもしれないが。
壁にかかっている温度計にちらりと目を移す。32度。太陽の下に行ったらもっと高いのだろう、窓の外を眺めると、地面がゆらゆらと揺れているような気がする。今年最高とまではいかなくても、十分に猛暑と言える気温だった。
「あー、アイス食べてーな」
「ヴィータ、お前さっきも食べてなかったか?」
「はやてちゃんに叱られちゃうわよ?お腹壊すよって」
ヴィータのつぶやきに、女性の年長組二人が口をそろえてたしなめる。主殿の名前を出されて、紅の少女は明らかにひるんだ。
「う、ぐ。あたしの腹はそんなにやわじゃねぇ!――けど、やっぱやめとく」
彼女が恐れているのは、お腹を壊すことではなく主殿に叱られることだろうが、まあどちらにしろ賢明だろう。一度制限を緩めると、その後は際限がなくなってしまうものだ。
「なぁ、やっぱりエアコンつけねぇ?」
ヴィータの提案に、私たちは顔を見合わせ、その後首を振った。
「もっともだとは思うが――」
「なんとなく、ね」
我が家ではどうにもクーラーをつけることに抵抗がある。エコロジーとか節約とかそういうことよりも、自然に負けているような気がするからかもしれない。いや、文明の利器の数々を使っておきながらエアコンだけ特別扱いというのも変な話なのだが、とにかくそう思ってしまうのだ。
それはヴィータも例外ではないようで、空調をつけることには固執しなかった。その代わりに、いらだったように椅子から立ち上がる。
「あー、ここでうだうだしてても仕方がねぇ!何か涼しくなる方法を探す!」
「む――確かにそれが建設的だな」
「納涼大作戦ねっ」
ヴィータの案に、全員がうなずく。ほどなく納涼大作戦(シャマル命名)が始まった。
■作戦1 魔法でなんとかしよーぜ作戦(ヴィータ命名)
「リイン、お前の冷却系魔法で何とかならねーか?」
「……ああっ!はいっ、おまかせですぅ!」
ヴィータの頼みに微妙に間を空けたリインは、力こぶを作って笑顔でこたえる。自分の魔法をすっかり忘れていたように見えたのだが……気のせいか?まあ、もうろうとしかねない暑さだからな。
「では行きますよーっ」
小さな少女は自らのデバイスを起動し、周囲に冷気を振りまいた。機械は駄目で魔法はいいのかという突っ込みが入りそうだが、目をつぶっていただけるとありがたい。
「おおー、いい感じだ」
程よく冷えた部屋に、皆が満足げな表情を見せる。
「どうですかー?今は出力調整もお手の物ですぅ!」
魔法を使いながら胸をはるリイン。確かに、部屋中を快適な温度に冷やすのは、調整が難しそうだ。その技術は称賛に値する。
これで快適な午後が過ごせる――
と思ったのもつかの間。
リインは、5分もするとへろへろとテーブルに這いつくばった。
「す、すみません……限界ですぅ」
「あっと、ご、ごめんねリインちゃん。すぐに回復させるわ」
まだ慣れていない出力調整をしながらの魔力行使は、彼女の体には思った以上の負担だったらしい。癒しの魔法を使うシャマルを見ながら、シグナムは腕を組んだ。
「今更だが、主の体にも無用な負担をかけてしまうな。魔法はやはりやめておこう」
効果自体は抜群だったが、燃費が釣り合わない。これならば素直にエアコンを使うべきだろう。全くもって、気づくのが遅い我々であった。
■作戦2 怪談でひやっひやよ♪作戦(シャマル命名)
「それでね。その女の子は気付いたの。自分一人しかいないのに、足音が二人分聞こえる。ぺったん、ぺったんって――」
シャマルの話に、誰かが唾を飲み込んだ。
カーテンを閉め切って、テーブルの上には一本のろうそく。真昼間から怪談というのもどうかと思ったが、ものは試しだ。
「立ち止まるとね、その足音も止まるの。もちろん振り返っても誰もいなんだけど、気のせいかなって歩き出そうとしたその時、女の子の肩を、いきなり――」
「うひあぁぁあ!?」
「うえっ!?ヴィータちゃんどうしひええええええっっ!?」
「っ――」
シャマル以外の守護騎士たちが、次々と叫び声をあげる。何事かと思ったその時。
がしっと。
誰もいないはずの後ろから、いきなり肩を掴まれた。
恐る恐る見ると、そこには真っ白で華奢な、女性の手が――
「――シャマル、旅の鏡をこんな風に使うのはどうかと思うぞ」
「あ、やっぱりわかっちゃった?」
私の指摘に、悪戯っぽく舌を出すシャマル。彼女は魔法で作った空間移動ゲートを使って、自分の手を背後にまわした、というわけだ。やれやれ、困ったものである。
「心臓が止まるところでしたですぅ……」
「び、びびらせやがって――ん、シグナム?」
ヴィータの不審げな声に反応して将を見ると、彼女は硬直したまま、肩をかすかに震わせている。更によく見ると微妙に涙目だった。
「なんだよ、泣くほど怖かったのかぁ?」
「な!?泣いてなどいないっ!!」
硬直から抜け出した彼女は、目をこすりながら大声を出す。シャマルはその様子を眺めながらくすくすと笑った。
まあ、暑さは少しの間忘れられたかもしれないが……一番楽しんだのは彼女だな。
■作戦3 脱いだら少しはマシになるかもしれんが……作戦(シグナム命名、シャマルが採用)
「脱いだら少しはマシになるかもしれんが……これ以上はさすがにな」
シグナムは自分の格好を見下ろして言った。シグナムはTシャツにジーンズ、シャマルは薄手のワンピース、ヴィータとリインはTシャツとホットパンツ、といったいでたちで、確かにそれ以上は薄着になりようもない。
「いや――涼しくなりそうなのがいるぜ」
ヴィータの言っている意味が分からず、視線を彼女に向けると、彼女の方もこちらをじっと見ている。
「やっぱりさ……見た目が大切だと思うんだよな」
そう言って、ヴィータはどこからともなくバリカンを持ち出す。ゆらりと私の方に向かって来る彼女に、私は何故だか自然と後ずさりした。
「なるほど――確かに、年中その格好というのは暑かろう。私たちとしても、夏場にコートを着込んだ人物を見ているようなものだ」
む、つまり私の毛皮が暑苦しいということか?しかしそんなことは今更だ。今までも年中この格好だったのだから、見ている側が暑いも寒いもない。しかしそう訴える私の台詞には全く動じる様子もなく、シャマルがにっこりとして答える。
「大丈夫よザフィーラ。もし変だったとしてもすぐに治すから」
そういうが早いか、彼女の腕が虚空に消え、次の瞬間には私の後ろ足をつかんでいた。
「ぬぅっ!?」
「カットの時に動くのは危険らしいですぅっ」
更に、リインの放った魔力の輪が私を拘束する。ヴィータが不気味な笑いを浮かべながら、私の前にバリカンを突き出した。
「つーわけで……喜べ、丸刈りだ!」
「いや、待て!せめて毛をすくとか、方法があるだろう!?」
「「「「やるなら徹底的に!!」」」」
ヴォルケンリッターにはそんな心得はない!
そんな私の訴えもむなしく、私の毛が切られていく。
「うぬおぁぁあおおおおおぉぉぉん!」
私の断末魔の声とともに、バリカンの音が八神家に響き渡った。
*
主殿が帰ってきたのは、日が傾いてもいまいち和らぐ様子のない暑さに、私たちがぐったりとしていたところだった。
「ただいまー、今日は暑かったからお土産や」
彼女は、持っていたバッグの中から厚紙のケースを取り出し、そのケースの中から鈴を取り出す。
「はやて、何だそれ?デバイス――じゃねえよな」
「風鈴ちゅうて、涼しい気分になるためにって作った鈴や」
目を瞬かせるヴィータに説明しながら、主はやてはその鈴を窓際に吊るす。夕暮れのかすかな風が鈴からぶら下がっている紙を揺らせて、透き通った音を奏でた。
「綺麗な音ですぅ――」
「ああ。不思議と、体の熱がひくような気がするな」
目を閉じて耳を澄ませる守護騎士たちに、主はやては微笑んだ。
「今ではエアコン使えばええ話やけど――こういうのも悪くないやろ?後、すずかちゃんにスイカもろうたんよ。ご飯の後に皆で食べよか」
「いいですねー。日本の夏って感じです」
「そうそう。これが風流や。ところで――」
主はやては一通り自分の土産を披露してから、私の方を見て小首を傾げる。
「ザフィーラ、その格好、どうしたん?」
「いえ、その――」
その素朴な疑問に、私は口ごもった。
いっそ、スルーしておいて欲しかった――いや、それはそれで切ないだろうか。とりあえず、『どちらさま?』と聞かれなかっただけ安心するべきだったかもしれない。
私が今、どんな格好なのかは、容易に想像がつくと思う。バリカンで丸々と全身の毛を短く刈られた獣――体積が普段よりも明らかに減っており、何よりトレードマークともいうべきたてがみがなくなったシルエット。我ながら、何とも情けない。
「ザフィーラって、着やせするんやな」
主殿のオブラートに包んだ感想に、どう応じるべきか迷いながら、私は尻尾を垂れる。
必ずシャマルに治してもらおう――
涼しいのは確かなので、明日の出勤前に。
私は改めてそう思いつつ、私はいつものように床に寝そべった。
の最後らへん
私が今、どんな格好なのかは、用意に想像がつくと思う。
用意→容易
だと思うのデス。
違ったらスミマセンm(__)m