降り注ぐ熱い日差し。繰り返す波の音。彼方まで続く、空と海の青。
そして――
頭の上に乗っている、スイカ。
「ザフィーラさん、しっかりガードしてくださいねっ」
目隠しをしたなのはは、明るい声でそう言いながら、よたよたと向かってくる。
そうだ。現在は、たまたま皆が揃ってとれた休みということで、海水浴に来ているのだった。
海鳴市近辺の海にやってきた私たちは、それぞれにビーチバレーや甲羅干し、水泳を楽しんで――
それから、ええと、何だったか。ともかくいつの間にやら、私はスイカ割りの台にされたのだった。
うむ、何だかおかしい。
そもそもスイカ割りに台などは必要ない。ビニールシートを敷けば、割った後の汚れを気にすることもないはずだ。何故私はこんな危険な役回りをしているのだろう……
そんな疑問をよそに、なのはが近づいてくる。健康的な白の水着に身を包んだ彼女は、レイジングハートを手にしていた。どうやら直接たたいてスイカを割るつもりのようだ。魔法を使ったら、スイカ割りではなくスイカ砕きになってしまうだろうから、至極妥当な判断だろう。
「なのは、もう少し右だよ」
「その調子や。そのまま、後10歩!」
周りの声に支えられて、着実に距離を詰めた彼女は、私に――否、スイカに向かってレイジングハートを振り上げた。
「行きまーす――全力っ、ぜんかーいっ!!!!」
叫びながらの一閃。
(――!!)
彼女のデバイスは、風切り音をたてて、私の顔から十センチほど離れた地面を叩いた。
「あー、おっしい!」
アリサ嬢の残念そうな声が聞こえる。確かにもう少しで、スイカもろとも私の頭が割れるところだった――いや、障壁で防御すればいいだけの話なのだが、それぐらいの迫力だった。
「じゃあ、次は私が。バルディッシュ、行くよ」
『Yes, sir.』
普段装着するバリアジャケットに酷似した、黒のワンピースを着ているフェイトは、苦笑するなのはにねぎらいの言葉をかけてから、自らの相棒を手に一歩足を踏み出した。
目隠しをされてぐるぐると回った後、よろける足を踏みしめて、彼女は凛々しい声で叫ぶ。
「ザンバーフォーム!」
(なにぃっ!?)
彼女の手にした黒のデバイスが、金色の刃を形成する。自身の身長よりも丈の長い、大剣と呼ぶほかないその姿は、スイカ割りの領域を逸脱しているとしか思えない。しかしそれに対して誰もツッコまないあたり、特に問題はないのか。
「バルディッシュ、目標までの方向と距離は」
『11時の方向、9.17メートルです』
待て、そのナビゲートもありなのか。
あまりに精密なその情報に異議を唱えようとしたのは私だけではなかったようで。
「ちょっ、フェイトちゃん、それだと簡単に終わっちゃうから、バルディッシュのナビはなしで」
「あ――ごめんなさい」
エイミィの静止により、瞬殺――もとい、即ゲームエンド、とはならず。
それでも、彼女はきっちりと間合いを詰め、刃を振り下ろした。
「「おおーっ!!」」
スイカがきれいに一刀両断され、地面に落ちる。
その下にいた私はというと、何とか無事でいた。
「えっと、大丈夫、ザフィーラ?」
「うむ……見事な寸止めだ」
金色の魔力は、私の頭部に食い込むことなくとどまっている。毛がはらはらと散っているのはご愛嬌というところだろう。一歩間違えれば、いい感じにスプラッタだった。
「じゃあ、2個目を置いてっと。さ、次ははやてちゃん、どうぞ」
「了解や。ザフィーラ、行くよ〜」
シャマルが私の頭にスイカを置いて、続きを主殿に促す。主はやては何処からか持ってきたらしい木の棒を手に持って目隠しをした。
「頑張れはやてっ、それー!」
「わ、わ、ヴィータあかん、早い、よっ」
なのはやフェイト以上の速度で回された彼女は、不安定な足取りであらぬ方向に向かっていった。周囲の人たちが慌てて彼女に声を飛ばす。
「はやてちゃん、右、右!」
すずか嬢の声に従って右に向いた主殿は、それでも修正しきれずに、スイカとは違う方向を進んでいく。
「主はやてっ、さらに右です!残り45度!」
「えと、こんくらい、か?」
シグナムの指示で一度はしっかりと方向修正したものの、平衡感覚が戻っていないのだろうか、ふらついているうちにまた違う方向にずれていく。
普段、何事においても手際のよい主はやてが右往左往する様子は、本人も含めて楽しそうだ。なるほど、こういうゲームは上手くいかないからこそ面白いのだな。私が声を出すとスイカの位置が分かってしまうため、沈黙でいなければいけないのがもどかしかった。
「そのまま、あと少し!」
そうこうしているうちに、主殿はスイカのまで後4、5歩程度のところまで距離を詰める。
内心で応援をしながら彼女を見守っているその時。
足元で、何かきらめくものが目に入った。
あれは――ガラス?
真相を確認する時間もない。
主はやての足がそれを踏み込もうとしている。
そう思った瞬間、私は飛び出してソレを前足で払った。
「――え?」
足元で何かしらが動いた感覚に、主はやてはぴくりと止まる。
しかし、片足を上げたままの不自然な姿勢だったため、彼女は姿勢を崩した。
「「あっ!」」
驚きの声がまじる中、私は主の下に潜り込んで、背中で彼女をキャッチした。
(大丈夫ですか、主殿)
(ん――大丈夫やけど――何が起こったん?)
戸惑うような、主殿の思念。目隠しの下では、恐らく目をまたたかせていることだろう。
(主殿の足元に――)
「はやてっ、大丈夫か!?」「危ないところでしたですぅ!」「ザフィーラ、一体どうしたのっ!?」
事情を説明しようとした思念通話は、一斉に駆け寄ってきた皆に中断された。
「いや、主殿の――」
「てめぇ、どさくさにまぎれてはやてに触りやがって――」
ヴィータが、肩を震わせながらデバイスを起動させる。
「いくら水着のはやてちゃんが可愛いからって、そんな回りくどいことをしなくても」
いやシャマル、そうではなくてだな――
「――次は私の番でいいだろうか?ふふふ、レヴァンティンが血を吸いたいと鳴いているぞ」
「いや、あたしが先だ!アイゼンのギガントフォームで――」
物騒なことを言い出す守護騎士たちに、夏の汗とは別のモノがだらだらとふき出した。
だから待て、とりあえず話を聞いてくれ――!!
*
(ザフィーラ――おい、ザフィーラ)
前足をつつかれる感触で、私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター、ザフィーラは目を覚ました。
(折檻は――勘弁してくれ――)
(何のことだ?いや、それより動くな。主はやてが起きる)
身じろぎしようとした私をシグナムが制する。柔らかな感触が伝わってくる背中に意識を集中させると、かすかな寝息と、鼓動が伝わってきた。
(うなされていたようだったが、大丈夫か)
(――ああ。手間をかけた)
シグナムの気遣いに返事をしながら、そっと頭をふるって、意識を覚醒させる。
そうだった。私たちは、家族のみで海に来ていたのだった。
周囲を見渡すと夢の中にいたハラオウン家の人々や、主殿の友人はおらず、砂浜はそれなりの数の人々でごった返している。波うち際ではシャマルやヴィータ、リインがはしゃいでいるのが見えた。
夢、か。そうだな。
何か理由もなく、あんな虐待じみた状況になるはずがない。あるとしたら、ささやかな悪戯程度だろう。
安心とともにパラソルの下でぼんやりと海を見つめていると、ヴィータ達が戻ってきた。
(なーシグナム、はやての様子はどうだー?)
(お変わりない。よく眠っていらっしゃる)
(そっか。まあ、昨日も遅かっ――)
ヴィータは、私の方を見て硬直し、眉を震わせた。
(あらあら……ザフィーラ、羨ましいわね)
シャマルは、私に抱きついたままで眠っている主はやてを見てくすくすと笑う。一方、隣のヴィータは、しかめっ面で拳を握り締めた。
(前にもあったけど――なんつーか、こう……むかつく。ええい、てめえなんて、額に犬って書いてやる!)
(ううん、むしろ犬文字に毛を刈って日焼けさせるとか、いいんじゃないかしら)
(なるほど……それは面白いな)
(リインはかき氷のブルーハワイでザフィーラの舌をまっさおにしてあげるですぅ!)
ああ、これだ。
実に、我々らしい――
ほっとするような、結局悪戯されるのかというのかという切ないような、複雑な思いが頭をめぐる。
私の考えを知ってか知らずか、守護騎士たちは青空の下、異様なほどのにこやかな笑顔を見せた。
[C107]