「うーん、こっち!――やった、あがり!」
アリサ・バニングスは、一組のカードを場に出すと、両手を挙げて言った。
「わ、アリサちゃん早い!」
彼女の隣にいた月村すずかが感嘆の声をあげ、他の皆も驚きの表情を浮かべる。アリサ嬢はそれに対して、Vサインを見せて応じた。
ここは月村邸。主はやてのご学友の家である。珍しく管理局の仕事が揃って休みである主たちは、小学校の放課後の時間を使って遊びに興じているという次第。
私が何故ここにいるのか?正直なところ、それは私も疑問だ。管理局の仕事が早々に終わったために、主の様子を見に来たところをお招きいただいたのだが――少女たちの団欒に、私がいては邪魔なのではないだろうか。
(アリサちゃんたち、前はよくユーノくんを可愛がっていたそうや。言葉で意思疎通のできる子が嬉しいのかもしれへんね)
主はやてはそう答えたが、私としてはどうにも居心地が悪い。普段、女性ばかりの八神家で暮らしているとはいえ、相手が家族か否かというのはやはり勝手が違う。
まあ、歓迎されているところをつれなくする理由もない。粗相をしないように気をつければよいか――
私は幾度目かになる考えをめぐらせながら、主殿の手にあるトランプの一枚を鼻でつついた。私だけに見えるように差し出されたその内容を確認し、じゅうたんに裏返しで置かれた、自分の手札の一枚を指す。
「これやね?――ん、正解や。ザフィーラは記憶力ええなぁ」
私が黙々とトランプを揃える様を、アリサ嬢とすずか嬢は物珍しげに見る。
「当然といえば当然のはずなんだけど……外見子犬のザフィーラがババ抜きできるっていうのは、やっぱりすごい光景ね」
「確かにね。慣れちゃってる私たちの方が変なのかも」
活発な金髪の少女の感想に、なのはとフェイトが、苦笑して顔を見合わせた。
この世界には、公には魔法が存在しないし、他種族と言葉を交わせる動物もいない。ゆえに、彼女たちの反応は自然なものと言える。
そのこと自体はまったく問題がないのだが……
「そうだ、びっくり動物大賞とかに出場したら、優勝できるんじゃない?」
見世物というのは、できればご遠慮願いたい。
「――あ、私が最後」
「にゃはは……ごめんね」
なのはがトランプを揃えた時点で、ゲームが終了する。早々にあがって手持ち無沙汰だったアリサ嬢が、腕まくりをして立ち上がった。
「さあ、久々に皆が集まったことだし、今日はもうちょっとハードにいきましょうか」
「な、何をするつもりなの、アリサちゃん?」
不安げに合いの手を入れるすずか嬢に、アリサ嬢はにやりと笑ってみせる。
「ふっふっふ……もちろん、罰ゲームよ!次から、ビリの人には一枚脱いでもらうわっ!」
絶句――をしていたのは、実は私だけだったようで。
さすがに彼女をよく知っている主殿たちは、やんわりとアリサ嬢をたしなめにかかった。
「アリサちゃん、ここでそれはちょっと……」
「ザフィーラもおるし、今日はちょお止めといた方がええよ」
なのはや主殿の反論を予想していたのだろう、アリサ嬢は人差し指を振りながら、余裕の表情で言った。
「私たち、裸の付き合いをする仲じゃない。罰ゲームとしては軽いものでしょ?それとも――胸を触られる、とかの方がいい?」
選択肢がものすごい、と思ったのは、今回は私だけじゃないはずだ。なのはたちは揃って顔を赤らめた。――隣の主殿がぴくりと前のめりになったのは気のせいだと思いたい。
「あー、では、私はそろそろおいとまする」
こういう場は、手遅れになる前に撤退するべきだ。そう判断した私はいち早くドアに足を運ぶ。
しかし1歩2歩進んだところで、猫のように首根っこを吊り上げられた。
「まあまあ。ザフィーラがいた方がスリリングよね」
いや、言っている意味が分からない。ぱたぱたと手足を動かしながら主殿に視線を送ると、彼女は頷いてから口を開こうとする。
そしてそれよりも一瞬早く、アリサ嬢が主はやてに言葉を紡いだ。
「はやてには特別ルール。「一位だったらすずかのおっぱい」でどう?」
場の空気が硬直する。なんだろう、この雰囲気。
主殿の反応を恐る恐るうかがう。普段からシグナムやシャマルの胸に興味津々の主殿こと、この話は危険ではないだろうか――
「ふ――甘い、甘いよアリサちゃん。すずかちゃんのは、いつも揉んどる!!」
堂々とした口調で言い切る主殿に、私は涙が出そうになった。
「ちょっ、二人ともっ!?」
異様なテンションの二人に、すずか嬢は真っ赤になって声をあげた。まあ……気持ちは分かる。
「ならば、私のおっぱいもつけようじゃないのっ!」
「その話乗ったぁ!!」
主殿……ファンが泣くので、勘弁してください……
ともあれ、主殿は陥落。すずか嬢は、主はやてが乗り気な時点であきらめた模様。では後の二人はというと――
「なのはの脱衣……なのはの……」
真剣な表情でなにやら呟いているフェイトと、困ったように笑っているなのはを見るに、制止は期待できそうになかった。
落ち着けザフィーラ。こんな状況でも、何かくつがえす方法があるはずだ――
私が思い悩んでいる間に、トランプが配られ、あっという間に勝負が決まる。
勝者は、手札の揃いが良かったらしいなのは。
そして敗者は――先程ダントツで一位をもぎ取ったアリサ嬢だった。
「残念。手札が悪かったわね」
言葉の割には残念そうもなく、少女が立ち上がる。彼女は制服のリボンをはずし、するりとジャケットを脱いだ。
どこから見てもごく普通のワンピース姿を、周りの少女たちは無言で見つめる。
「――ん?何で見てる方が照れてるのよ。いつも体育で見てるでしょ?」
「そ、それはそうだけど――」
もごもごと何かを呟くなのはに、硬直したままのフェイトとすずか嬢。
言葉にはなっていないが、言いたい事は想像がつく。この状況で服を脱ぐのは着替えとは明らかに違うと私も思うからだ。
しかも、さっきはジャケットを脱いだだけだから良いものの、今のアリサ嬢の服装はワンピース一枚。この次は一体どうする気なのだ。
そんな動揺丸出しの私たちとは対照的に、アリサ嬢は余裕の表情でトランプをシャッフルし始める。
そして、私の隣にも全くの平常心な少女が一人。
「無念やわー。二人のおっぱいが遠のいてまう」
2回戦、ラストになってしまった主殿は、やはりこともなげにジャケットを脱いで、皆ににっこりと笑ってみせる。その様子を見て、アリサ嬢も含みのある笑いを返した。
何故、彼女たちはこれほどまでに動じていないのか――
その理由は、時計に向ける彼女の視線で明らかになった。
日も暮れ始め、そろそろ夕飯時。八神家の食事もほとんど一手に引き受けている主はやては、もうすぐ帰らねばならない時間帯だ。できて2、3ゲーム、というところだろう。
今までの勝敗の傾向からしても、連敗はほぼありえない――とすれば、タイムオーバーまでしのぐのはさほど無茶な問題ではない。
私とほぼ同じタイミングで全員が同じ考えにいたったらしく、先程まで緊張していた子たちはいつの間にやら随分とリラックスしていた。
「んしょ、っと。や、やっぱりちょっと恥ずかしいね」
3回戦、照れながらぎこちなくジャケットを脱ぐなのは(それを見て、鼻を押さえてけいれんするフェイトが心配になった)。
「すずか、もっと色っぽく!そう、そこでウインク!」
「こ、こんな感じ、かな?」
4回戦、何かと誤解を招きそうなアリサ嬢の注文を、素直に実行するすずか嬢。
そして――5回戦。
既にラストゲームと宣言されているこの勝負で、現在残っているのは、フェイトと主はやて、そして私の三人だった。
「ごめん――あがり」
罰ゲームを見事回避したフェイトが、申し訳なさそうに最後の手札を場に見せる。
最後が、主殿との一騎打ち。
更には、彼女が負けたら、ワンピースを脱がなければいけない――
自分のおかれたシチュエーションに冷や汗が浮かんだが、一瞬後には首を軽く振って覚悟を決めた。
口にするのも不名誉なことではあるが――私は今、イカサマを仕込んでいる。
実は、ジョーカーの札を前もってなめており、その匂いでどれがジョーカーなのかが分かるのだ。
相手がジョーカーを持っていない場合には何の意味もない仕込みだが――
今のこの条件。
つまり、あがっていない者が二人で、かつ相手がジョーカーを持っている状態であれば。
私は、確実に、ジョーカーを『引く』ことができる。
主はやてが手にしている二枚のうち一枚を鼻でつつく。
彼女がカードを私に見せると、それは期待通りにジョーカーだった。
そして返す引きで、主はやては見事にあがり、目論見通りに私は罰ゲームを確定させた。
「……ところで」
静かに私たちの対戦を見ていたすずか嬢が、小首を傾げて私を見る。
「この場合、どうするの?ザフィーラさん、服着てないし……」
「決まってるじゃない。はやてちゃん、ザフィーラの足おさえててくれる?」
「なんやよぉ分からんけど――我慢してな、ザフィーラ」
アリサ嬢は、唇の端を上げながら、手をわきわきとうごめかせ、ゆっくりと私に近づいてくる。
妙になめらかなその指の動きが、非常に嫌な予感を抱かせる。
「ごめんなー。私が罰ゲームやったら、靴下一枚で済んだのやけど」
「……靴下?」
「そうや?」
私の間抜けな聞き返しに、きょとんとして応じる主はやて。
ひょっとして――例え連敗しようが、私の心配するようなことには、ならなかったということか?
「さあ、覚悟しなさいザフィーラ。ないものは……体で払ってもらおうかあああぁぁぁぁぁ!!!」
十本の可愛らしい指が私に襲い掛かる。
「わ、わほ、わほほっほぉぅ!?」
えもいわれぬくすぐったさに、私はひたすらにもだえ続けた。
「ほら、罰ゲームだから皆でやらないと!」
アリサ嬢の合図で、残りの女の子たちも私をくすぐり始める。
肉球を押さないでくれっ!ぬぉ、そこは、やめっ!?
その日、月村邸には、聞いたことも無いような珍妙な鳴き声が響き渡ったという。
StSではなのはと相部屋=着替は身放題。
彼女たちの部屋はきっと、紅い花をモチーフにしたアートだらけ(洗っても取れなくなった)でしょうか?
そして将来、ヴィヴィオも魔法学園で友達が鼻血を出したら、介抱で活躍しそうですね。