「思った通り!よく似合ってますよ、ザフィーラさん」
シャリオ・フィリーノは両の掌を打って、嬉しそうに話しかける。対して、私はどう応じようか迷った挙句、尻尾を一振りだけした。
場所はミッドチルダ中央区画湾岸地区、古代遺失管理部六課(要するに機動六課だ)。日は頂点を過ぎ、しかし沈むには間がある時間帯。私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは、訓練場でシャリオと共にいた。
普段シャリオとはあまり縁があるわけではない私が、何故彼女といるのかというと、答えは実にシンプルだ。彼女の作成したデバイスのモニターとなっているのである。戦闘要員にもかかわらずデバイスを使用しない私に、何かの役に立てばと、彼女はわざわざ気を回してくれたらしい。私には既に主はやてから賜った騎士甲冑があるのだが、獣姿でいる以上、皆に披露する機会はない。それに、せっかくの好意、何もせずにむげにするのはためらわれた。
「ぷ……」
後ろで様子を見ていたヴィータが、私の姿を見てこらえきれずに吹き出した。休憩時間なのだろう、フォワード陣が何事かと集まってきている。六課に来てからの仲間は私の姿を何の違和感もなく見つめ、私を古くから知るものは揃って反応に困っていた。
理由はもちろん、私のつけているデバイスである。
「どうしました、ヴィータさん?デザインも、ザフィーラさんに合うものにしたつもりですけど……」
ぴくぴくと肩を震わせて答えないヴィータの代わりに、シグナムが、やはり声を震わせながら口を開く。
「いや、大丈夫だ。……非常に……くっ……似合っている……」
むしろ似合いすぎる、とでも言いたそうに、同士二人は私を見て、何とも言いがたい表情を見せた。
まあ、それは似合っているだろうな。
何といっても――そのデバイスは、首輪型、なのだから。
確かに、人間形態で騎士甲冑を着けたときにも、私は首輪をつけている。しかし、今現在は獣姿だ。首輪をつけたその姿は、まるっきり飼い犬といった風情である。
「シャリオ、では起動するぞ」
私は彼女たちの視線を振り切るように話を進める。きょとんとしていたシャリオは、笑顔に戻って勢いよく頷いた。
「セットアップ」
『Ja――』
私の声に呼応して、白色の光が周囲を包む。虚空から出現した甲冑が私の周りを舞い、体に装着された。
光が収まり、視界が晴れる。
騎士甲冑をつけた自分の様子を見る私の後ろで、何やら倒れる音がした。
振り返ると、シグナムとヴィータが腹を抱えて痙攣している。もはや声も出ない、という感じの爆笑具合だ。
「ザフィーラさん、格好いい!仮面といい、マントといい、ヒーローみたいですよ!」
心底感心したように言うスバルの台詞で、私は、自分の家族が笑い死にしそうになっている理由を悟った。
それは……なんとも自分に似合いそうもない、と思う。前面に出ている顔を守り、死角である背中を防御する。なるほど理にかなっている。が、自分がそれらを装着している姿を想像すると、思わず眉間にしわが寄った。せめて仮面が無難なデザインであることを願う。前衛的なデザインだった日には、敵ではなく私が味方を笑い殺しかねない。
ともあれ――見かけはともかく、重要なのは機能だ。
私はおあつらえむきにその場にいるフォワードたちに協力してもらって、デバイスのテストを始めた。
■テスト1 防御力
紅の炎と、人の頭ほどもある鉄槌の先が私に襲い掛かる。私はそれらを、雄たけびと共に弾き返した。
後方にのけぞったシグナムとヴィータは、体勢を整えながらも驚愕の表情を浮かべる。
「驚きだ……障壁の展開速度も、強度も、明らかに向上している」
シグナムの感想に、自分のことながら同感だった。カートリッジのロードがないとはいえ、副隊長二人の攻撃を同時に退けるのは、普段の私には無理難題だ。
「この調子だと、もう2、3人はいけるんじゃねーの?」
「あ、はいはい!私いきたいです!」
ヴィータの言葉に、スバルが元気よく反応する。隣にいたティアナを強引に引き連れて、私に向かって構えて見せた。
いや、もうテストは十分では――
「よし、行くぞ!」
ライトニング副隊長の合図で、4人が一斉に向かってくる。
「ちょ、待て――!」
静止する間もあればこそ。私は全力でバリアを展開して、攻撃を押しとどめる。それぞれのデバイスが障壁に食い込み、火花が散った。
う……ぐ……これは、さすがに耐えられんっ……
「す――ごいっ、まだ、大丈夫、なんてっ!」
ティアナが感嘆の声を上げるが、無論こちらはそれに反応する余裕もない。
誰かが止めてくれることを期待して、必死に彼女らの背後に視線を送る。
しかし、見えたのは、スターズ隊長のらんらんとした瞳だった。
(ザフィーラさん!私も参加していいかなっ?)
(む、無理を言うな―――!)
なのはが勇んで杖を構えた瞬間、私の内に動揺が走る。
当然ではあるが、集中力の途切れた障壁は、一瞬で砕け散った。
ぎりぎりのところで持ちこたえていた4つのデバイスが、同時に私の体に――
■テスト2 機動力
「さ、頑張ってザフィーラ。怪我は私がいくらでも治すから」
急遽呼ばれた医療役、シャマルは、にこにこと明るい笑顔をこちらに向けた。明らかに状況を楽しんでいるなと思ったが、いざという時に彼女の癒しはかかせない。不満の言葉をぐっと飲み込む。
私としては、これ以上のテストは遠慮願いたいのだが、十分に性能を知る前に実践投入するのもよい判断とは思えない。仏頂面のまま、私は四肢に力を入れた。
「はい、いい感じですよザフィーラさん。そのまま――フォルムチェンジ!」
『Raketenform』
シャリオの声に私の意志が反応し、更にデバイスが応じる。
具足の後ろから、魔力のきらめきが噴出され、それが段々と強くなっていった。
ふわりと私の体が浮き、少しずつ前に進んでいく。不安定なその様子に、シャリオが首をかしげた。
「あら?なんだか……出力が弱いですね」
「確かに、ラケーテンというには、ヴィータのそれに比べていまいち――」
シグナムがシャリオの感想に頷こうとしたその台詞を、私は最後まで聞けなかった。
次の瞬間、私はまさしくラケーテン(ロケット)のごとく、空の彼方に飛び出していたからだ。
「わおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……――――」
私が六課の建物を横切る瞬間、声を聞いていた主はやては、こう思ったという。
実に見事なドップラー効果やった、と。
■テスト3 探索能力
「こ、今度は絶対に大丈夫ですよ!何か激しい動作をするわけではありませんから!」
シャリオは握りこぶしを作って力説する。私の怪我は必ずしも彼女のせいではないのだが、ひどく責任を感じているようで、力づける台詞もまるで自分に言い聞かせているようだった。
「ああ――始めるぞ。索敵、開始」
私は、言葉と共に魔力を目に集中させる。
すると、仮面によって多少なりとも遮られているはずの視界が、普段よりも広く、そして遠くに開けるようになる。
それだけではない。本来ならば見えないはずの、木々や壁の向こうまで「見える」――つまり、情報として感知できるようになった。
「何と……」
私は思わず感嘆の呟きをあげた。
通常、私は感覚を目よりも耳や鼻に頼っている。それはそれで問題はないのだが、それに加えて目の情報も取り入れることが出来れば、より正確な情報を素早く手に入れられるに違いなかった。
「見事だ――」
賞賛の言葉をかけようと、シャリオを振り返ったその時、私は続きの言葉を失った。
「どうです?私の自信作なんですよ。まだ情報フィルタに難がありますが、情報収集範囲はかなりのものだと思います」
誇らしげな彼女の言葉にも、私は無言で口を開閉するばかり。
シャリオの隣にいたなのはが、私の様子に首を傾げながら歩み寄り、目前で手を振った。
「ザフィーラさん?……ふぇ、固まっちゃってる」
「何だよザフィーラ。そんなに凄いのか?……な、シャーリー。これって、あたしにも少しは扱えるんだろ?」
「ええ、仮面越しに魔力を込めれば。ですが、ザフィーラさんでないと、ちょっとお勧めできません――」
シャリオの言葉を最後まで聞く前に、ヴィータは硬直している私から仮面を剥ぎ取り、自分に当てて周囲を見渡す。
数秒の沈黙。
「……あの、ヴィータ副隊長?どうか、しましたか?」
丁度彼女の目の前にいたエリオが、心配そうにヴィータに向かって一歩踏み出す。
「来るな!……いや悪い、何でもねぇ。何でもねぇが――」
彼女は、仮面を放り投げると、グラーフ・アイゼンを無言で構える。
「ぼふっ!!」
問答無用に振り回された鉄槌は、私の額にクリーンヒットした。
「あ、わ?ヴィータ副隊長!?」
慌てるキャロの頭に落ちてくる仮面。エリオが、彼女をかばうようにそれをキャッチして、不思議そうに仮面を覗き込む。待てエリオ、お前が見るのが、一番まずい――
「ど、どう?エリオ君」
「うん、凄く目がよくなった感じがする。でも、別に特には――」
キャロを振り返ったエリオは、数秒の硬直の後、その場に崩れ落ちた。
「あ、う……ごめんなさい。そのぉ……そのデバイス、光の情報を合成して――ええと、要するに透視ができるようになるんですね。ただ、まだ微調整が上手くいかなくて、例えば服とかも透けて見えちゃうんです。だからザフィーラさん専用に、と思ったんですけど……さすがにエリオ君には刺激が強かったよね」
気まずそうなシャリオの解説の後、第2撃を振りかぶるヴィータに加えて、シグナムが剣を揺らめかせる。
いや、すまん。確かに見た。
だが、これは不可抗力だ。というか、せめて言い訳ぐらい聞いてくれ――!!
その後。
例のデバイスは、機能以前に、起動させ続けると魔力が暴発しかねない極めて不安定な代物だったことが判明し、すぐさまお蔵入りとなった。まあ、暴発といってもデバイスが自壊する程度で、さほど危険はないらしいのだが、私が装着している間に事故が起こらなかったのは実に幸運だったというべきだろう。
「本当にすみません、ザフィーラさん……次は、きちんとお役に立つものを作りますから!」
頼む、本当に私のことはいいから、その技術は素直にフォワード陣の役に立ててやってくれ。
真剣に謝罪しながらも力強く言うシャリオに、私は涙目でそう伝えた。
「ドッブラー効果」ではなく、正しくは「ドップラー効果」みたいです。