暗闇のカーテンが敷きつめられた空の下、時折きらめく魔力の光に目を細める。
無人のビルの屋上で、私、盾の守護獣ことヴォルケンリッター・ザフィーラは獣姿で一人たたずんでいた。
(ザフィーラさん、準備は大丈夫ですか?)
(ああ)
念で語りかけられる声に、私は短く答える。10年ほど前からあまり変わらない、あどけない感じの、しかし芯の通った声は、今や管理局内で知らぬものはいないと目されるほどの有名人、エースオブエース高町なのはのものだ。
(では、始めますね。プログラムパターンG――シミュレーション、スタート!)
彼女の合図が頭に響くのと同時に、4体の機械が床から浮き出るように現れ、私を取り囲む。カプセルのような形状で、私たちが「ガジェットドローン」と総称しているものを模したものだ。
四方から、同時に放たれる魔力の弾丸。
全方位にバリアを張り巡らせ、攻撃を弾くのと同時に、そのガジェットたちをまとめて魔力のくさびで打ち抜いた。
息をつく間もなく遠方から飛来する魔力弾を、前に跳んで回避。ビルの物陰に隠れ、周囲の魔力を探知しながら、私はため息をついた。ああ、私は何をやっているのだろう――
記憶をさかのぼって、今に至る経緯を手繰ろうとするが、いまいちはっきりとしない。私はただ、夜中まで新人用の訓練プログラムを調整しているなのはにねぎらいの言葉をかけただけだったはずだ。それがいつの間にか、フェイトと三人で話しており、あれよあれよという間に、モニターをやらされる羽目になってしまった。
まあ、いくら調整中のものとはいえ、訓練プログラムだ。出現する敵は大したものではないし、被弾しても魔力が削られるだけで怪我はしない――
と、思っている私の目の前を、何か巨大な剛球が通り過ぎる。それは、壁に当たるとすさまじい音を立て、ビルの向こうまで突き抜けていった。
(何だ――アレは)
(実弾のシミュレーションです。そういう訓練も必要かと思いまして)
オーライ、理解した。確かに相手が魔力のみを使うとは限らない。機械仕掛けの敵がいる以上、そういう弾丸があるのも想定してしかるべきだろう。
だがしかし。それはつまり――
(ちょっと危険かもしれないので、なかなか実際には試せなくて。ザフィーラさんが協力してくださって、本当に助かります)
つまり、当たればいい感じに死にかねないということだな?
そう聞き返そうとした矢先、轟音がしてビルが揺れた。
鉄の弾の雨にさらされるか、建物と一緒に潰れるか。
私は一瞬の思考の後、すぐにその場から飛びぬけた。何、古代ベルカ式も飛び道具は実弾が主だった。ヴィータの鉄球が飛んでくるだけだと思えば――
「……それは笑えんな」
ぼやきながらも、私は無人の街路を走りながら、ガジェットを撃墜していく。その数、5、10、20――
30を越えた辺りで、私は汗をかき始めた。ちなみに、それは疲労から出てくるものではない。
だんだん激しくなってくる攻撃が、際限ないような気がしてきたからだ。
一体、私はあとどれだけ敵を倒せばいいのだろう?
ズドン。
「のっほうぁ!?」
足元に炸裂した弾の爆風で、私は宙に吹き飛ばされた。
*
「あっ、危ない!うん、ナイス着地!凄い!」
隣の少女の声を聞きながら、フェイト・T・ハラオウンは掌ににじむ汗を握りこんだ。
何だか、思ったよりも凄いことになっている。それが現在の彼女の感想である。
正直なところを言えば、自分はザフィーラに嫉妬をした。それは認めよう。
夜の密室に二人きり。あらぬ噂が一束いくらで飛び交ってもおかしくないところだ。もっとも、獣姿のザフィーラを見てそんな解釈ができる人は、八神家の事情――つまり、ザフィーラは意思疎通もでき、人型にもなれる存在なのだということ――を知っている人で、さらに事情を知っている人は二人の朴念仁さを熟知している。要するに、自分が嫉妬するような要素は何もない。むしろ、そういう感情をもつ自分の方が変なのかもしれない。
だが、仕方がない、とも思う。
残業中のなのはをいたわろうと思って紅茶を淹れていったら、彼が先に、彼女に差し入れをしていたのだから。
それで、ちょっと出来心で、訓練のモニターを進めてみただけなのだ。
轟音が遠くで鳴り響く。
ディスプレイの向こうで、ザフィーラが叫び声をあげながら空を舞っている。
これが、自分の発言の結果である。
(女の嫉妬って――確かに怖いかも)
自分の想いには全く気付いていないであろう隣の幼馴染が、フェイトに向かって、可愛らしい顔を上気させて口を開いた。
「フォワードの皆もどんどん上達してるけど、さすがザフィーラさん!これならハイスコアも狙えそう!」
移動速度はまだ上げても捕捉できそうだね。攻撃精度はこれ以上は無理かな。でも、もう1ランク攻撃範囲の広い弾丸はいけそう――
ああ、そうだ。なのははこういう子だった。
純粋一途で、相手のことを考えすぎるくらいに考えて。
それでもって、ギリギリ耐えられる程度の力技を、全力全開でぶち込むのである。
あのことがあってから、無理も無茶もしないよう心がけているのは、ひしひしと伝わってくる。
それでも――いや、だからこそ。
彼女に手抜きなどという言葉は存在しない。訓練といえど「お試し」でなく「真剣勝負」なのだ。
なんて――
(なんて、素敵――)
フェイトは胸に手を当てて、高まる鼓動をそっと押さえる。ザフィーラには申し訳ないが、なのはの真剣な(+楽しそうな)顔を間近で見られる幸せを、彼女はうっとりとした表情でかみ締めていた。
*
(はい、終了です。お疲れさまでした)
なのはの声を聞いて、私は無言でその場に崩れ落ちた。魔力の使いすぎでめまいがするし、全身も酷使のしすぎで痙攣している。
派手な訓練だった。
最後の方は、地上で花火が炸裂しているような大騒ぎだ。それも単発でなく、スターマインのレベルである。
実弾だと思っていた相手の弾丸はあくまでプログラムで、本物によく似せた魔力弾だった(実際に被弾してみて分かった)。無論、建物や地面へ当たった時の破壊力を考えると、危険なことには変わりないのだが――それにしてもその凝りように、感嘆を通り越して呆れてしまった。
しばらくすると、なのはとフェイトがこちらに向かって歩いてくる。ふらふらしながら立ち上がって見せると、なのはは嬉しそうに私を抱きしめた。
「ザフィーラさんありがとう!すっごく参考になりました!」
突然の抱擁に、私は目を白黒させる。
すっかり成長した彼女は、スタイルもエース級なのだが、その感触を堪能するような甲斐性は、私にはなかった。
私の視線の先で、フェイトが右手を伸ばしたまま、不自然な体勢で硬直している。恐らく私の頭でもなでようとしていたのだろう。
「ああ」だか「うん」だか、返事ともうめきともつかない返事をした私に、なのはがにっこりと笑いかける。
「本当に凄かったです。この人が護衛してくれるなら、はやてちゃんも私たちも安心だなって」
彼女のことだ、世辞ではなく本気なのだろう。
それがなおさら怖い。
いや、恐ろしいのは栗色の髪の彼女ではなく、その後ろにいる、普段はいたって温和な金髪の少女の方だ。
この感覚は覚えがある。
そう、例えば、一日主はやてと行動を共にしていた私に対するヴィータの魔力と、同じ感じだ。
「うん――次は、私も訓練お願いしたいな。たまには、フォワードの子やシグナム以外の相手ともやらないと――」
盾の守護獣、痴情のもつれで感電死。
主よ、いつかおっしゃっていたアフロの毛並み、どうやら叶えられそうです――
「くぅん……」
私は、彼女達の頭上に広がる夜空を眺めながら、子犬モードの声が、思わず口から漏れた。
何?
「一人」でなく「一匹」ではないのかね、ザフィーラ君?