穏やかな日差しが降り注ぐ、八神家の昼時のこと。
私、盾の守護獣ことヴォルケンリッターのザフィーラは、刃を握り締め、その場に立っていた。
普段は刃物など使わない私だが、今度ばかりは仕方がない。
何しろ、目の前のそいつらは、八つ裂きにし、火あぶりにしても飽き足らないのだから。
「ぬおああぁぁ!」
気合一閃。
私はしっかりとそいつを押さえつけ、刃を振り下ろした。
トン。
そいつの一部が切断され、綺麗に分かれる。
うむ、大丈夫そうだ。この調子で……
トン、トン、ザリッ。
「うぬぁ!?」
指を!指を切った!
垂れ流される血に、七転八倒する。
ゴン。
「ふほぉあっ!」
更に小指を冷蔵庫の角にぶつけて、新たな痛みに硬直した。
くっ、いかん。こんなに騒いでいては、主殿が起きてしまう。私は指をなめながら立ち上がり、改めて台所で包丁をかまえた。
主はやてが風邪をひいているらしいと分かったのは今朝方のこと。いつも朝早く起きて、食事の準備やら何やらをしてくれる主殿が起き上がれないのを、その日一番にリビングに下りたシグナムが察知。主殿に寄り添うように寝ているヴィータを引き剥がして熱を測り、石田先生(主はやての担当医だ)に診てもらったところ、自宅療養を言い渡されたという次第。
全員が付きっきりで看病するのだと聞かなかったのだが、時空管理局に勤めている我らを、主はやてが御自身のことでそうそう休暇にするわけもない。彼女の一声で、たまたま休みだった私を残して、全員がしぶしぶと(若干遅刻ながらも)出勤していった。
先生はゆっくり寝れば問題ないとおっしゃっていたが、浅い息を繰り返し、時々苦しそうにうなる主を見ると、自分にも何かできないだろうかといたたまれなくなる。
主殿の部屋で悶々としているうちに(無論やましい思いではなく、純粋に彼女を心配してのことだ)日も高くなり、自分の空腹で昼時になったことに気付いた。
病を治すのは、つまりは体力。それには休養、そして栄養だ。
主殿に精のつくものを。
これは、看病をするものとしても、ヴォルケンリッターとしても、失敗のできない重大な任務だ。
恥ずかしながら、私には料理のたしなみは全くない。とりあえず、以前手伝ったことのある炊飯に関しては何とかクリアし、問題はおかずである。幸いにも、アルフが「肉を食わないと力が出ないよー」といっていたのを覚えていたので、それを参考に、料理の本を片っ端からひっくり返し、現在に至る。
肉は切った。玉ねぎは……む、これはどこまで皮をむけばいいのか。確か表面だけでよかったか。みじん切り?ひたすら細かくすればいいはずだ……
ここから先はあまりに見苦しい、もとい聞き苦しいので短縮する。
・食材を切る
→玉ねぎに目をやられる。ダダ泣きしながら、何とか材料切断。
・ソースを作る
→大さじの意味が分からなかった(まさかおたまのことではないだろう)ので、適当に入れる。
・フライパンで火を通す
→油はこれくらいか(どばっ)。
→はねた油でところどころを火傷する。
→火は良く通せと聞いたことがあるな……む、黒くなってきた。
・ソースをからめる
→ここらで美味そうなにおいがするはずなのだが、妙に焦げ臭いのは何故だろう。
出来上がった物体を察してもらいたい。
油でギトギトの、黒い物体X。
見た目からしてもうシャマルの足元にすら及ばないのだが、諦め悪く味見してみる。
歯ごたえはガリガリ、舌触りはベトベト。あまつさえ異常に塩辛い。
食べきったら、死ねる。
そう判断した私は、肩を落としてそれらを処理した。
そろそろ正午だ……やはり買出しに出かけるのが無難だろうか。
頭を悩ませる私の視界に、天の助けが写った。
*
「うーん、病人にお肉はちょっと喜ばれないんじゃないかな」
「そ、そうか……」
エイミィ・リミエッタは、非番にかかってきた意外な電話に微笑んだ。はやてが風邪というのは良い知らせではないのだが、ザフィーラが懸命に看病をしている姿を想像すると、なんとも微笑ましい。
「ご飯は炊けてる?じゃあ、雑炊とかいいんじゃないかな。今から手順を言うから、メモしてね」
彼女は、八神家の冷蔵庫の中身を確かめながら、雑炊の作り方を説明する。野菜の切り方や卵のとき方まで確認するザフィーラの生真面目さに、苦笑しそうになった。
「図があれば、もっと分かりやすいんだけど……」
「いや、大丈夫だ。おかげで何とかなると思う。誠に助かった」
「頑張って。きっとはやてちゃん喜ぶと思うから。また後でお見舞いに行くね」
励ましの言葉を言って受話器を置くと、後ろから幼い声が彼女にかけられる。
「えいみぃ〜、誰からだぁ?」
「うん、ザフィーラから。はやてちゃんが風邪で寝込んでるから、料理を作りたいんだって」
エイミィが返事をすると、幼い少女――アルフは、片手を勢いよく挙げて元気に口を開いた。
「あたしはお肉がいい〜!!」
「あはは……」
発想が似ている、と思ったエイミィは思わず苦笑いを浮かべる。ザフィーラが肉料理を作っていたのはアルフの影響なのだということを、もちろん彼女は知らない。
「でも、いいのか?えいみぃが作りに行ってあげればいいのに」
「そりゃあね――」
自分が代わりに作るのはたやすいし、はやての見舞いに行くのもやぶさかではない。無論、健気で優しい彼女には好意を抱いている。だが――
「やっぱり、料理は愛情だから」
*
「ふぅ……ごちそうさまでした。美味しかったよ、ザフィーラ」
綺麗に完食した主はやては、私に向かってにっこりと笑う。朝方よりも、随分と具合がよさそうだ。何とか彼女に食べさせられたことに安心し、何より、主が元気そうになったことが嬉しかった。
「いえ。他に何か、欲しいものはありますか?」
「ん〜、そやなぁ。ちょお汗ばんでるから、着替えとこかな。ザフィーラ、手伝ってくれる?」
ぶふっ。
お盆を抱えたまま盛大に吹き出した私を見て、彼女は冗談だと言いながら、くすくすと笑った。やれやれ……
「獣姿で、こっちに来てくれへん?――もっと。そや、ベッドに乗って」
首を傾げながらも主の言うとおりにすると、彼女は私を抱えるように抱きしめた。
「ん……ふかふかで気持ちええ。他の皆とはまた違った味わいや」
それはそうだろうな、と思いつつも、私は現状に目を瞬かせる。主が、私を抱き枕代わりにするなど、極めて珍しい。
彼女自身もそう思ったのか、少しだけ恥ずかしそうにして、私の毛皮に顔をうずめた。
「ごめんな。今日は、甘えさせてな――」
少しすると、主は小さな寝息をたて始めた。
あどけない寝顔が、彼女がまだ子供であることを再認識させる。
私はそっと体を動かし、長く維持できる姿勢で寝そべった。
自分がついていて主が安心できるのなら、全くもってお安い御用だ。
「今日だけ」などと言わないで欲しい。
ずっと仕えていくという決意は、彼女が私の主となってから変わりようがないのだから――
*
「大分回復したようで、安心しました」
「今、エイミィが夕飯作ってくれてるからな。もうちょっと待っててくれよ」
目を開けると、いつの間にやらシグナムとヴィータが部屋にいて、主と話をしていた。
「さて、ザフィーラ。お前も手伝え」
「ん?ああ」
ベッドから降りようとするところを、何故だか首根っこを掴まれて、そのまま廊下に引きずり出される。
いきなり何を――と彼女達を見上げると、二人から妙にどす黒い魔力がもれているように見えた。
「てめぇ……あたしたちの仕事中にはやての添い寝とは、なかなかやるじゃねえか」
「いや、分かっている。恐らく主はやてが望んだことなのだろう。分かってはいるのだが――」
彼女達は頷き合うと、同時に物騒な音を響かせた。
エマージェンシー。緊急避難。
私は体をひねってシグナムの手から逃れると、全力で(しかし音は立てないように)その場を離れた。
(あ、待ちやがれ!とりあえずアイゼンの汚れになっとけ!)
(少し折檻するだけだ!今度は加減を間違えん!)
(それで待てるわけがあるかぁぁぁ!!)
リビングで、静かな、しかし鬼気迫る追いかけっこが始まる。
「いやー、平和だねぇ」
エイミィの感想に、シャマルとリインが頷く。
おおむね同意だが、その割に私の命だけが危機にさらされているのは気のせいだろうか――
背中から、鉄槌と炎の刃が迫る。
私の無言の悲鳴が響く八神家の夜は、今日もそれなりに穏やかに過ぎていった。
初めて作ったんでしょ?だったら、気にすることはないよ、ザフィ。シャマルさんも初めはこんな感じだったと思うから・・・多分。いや、それよりももっと酷い(匂いだけで、ザフィを昇天できそうな)ものかな?
それに将ともあろうお方が嫉妬剥き出し・・・参謀は冷静にしてる・・・どっちが将(人の上に立つ)に相応しいことやら・・・
何はともあれ、八神家らしい平和な風景ですね。
ずっとこんな平和な日(ザフィの折檻デー)が続けばいいね(読者の願い)。