ワシワシ。
家事、というのは大変なものだ。
炊事、洗濯、掃除、子守などなど。快適に生きるためには欠かせない――しかし、相当な労力を必要とする行動だ。
キュッキュッ。
仕事であれば、賃金が対価になるが、家事はそういった報酬はない。強いてあげるなら、衣食住を整えることによる精神衛生と、住居人の感謝の気持ちくらい、だろうか。それはそれで価値のあることだろうが、それでも毎日繰り返すことが出来るのは、習慣として身につけていない者からすれば魔法のように驚異的なものである。
うららかな休日の午後、私ザフィーラはスポンジを片手に風呂場で格闘していた。水垢がつかず、かつ傷つけない程度の力を入れて浴槽をこする。排水溝やら床やらも一通り終わったところで水を流して確認。……む、壁に少しカビがあるな。落としておかねば。
洗面器や浴槽のふたにいたるまで、気になるところを磨いていく。キリがないのは自覚しているのだが、やりだすとどうにも止まらない。
ようやく満足して風呂場を出てリビングに戻ると、庭で洗濯物を干していたシャマルがにこやかに話しかけてきた。
「ごめんなさいね。手伝ってもらっちゃって」
八神家では彼女がもっぱら家事を担当している。もともとは我々が蒐集を行っていた頃に家で待機している役目だった彼女が、事のついでと引き受けてくれたものだったが、性格だろうか、ある程度分担された今でも、割合が一番多いのは彼女だ。少しくらいは手伝わないと申し訳がない。
「構わん。他には何かあるか」
「そうね――これ、干すのを一緒にお願いできる?」
「了解した」
合計六人分の衣服を、二人がかりで物干し竿につるしていく。シャツ、スカート、ズボン、した――
つまみあげようとしたソレを、目をそらしながら洗濯籠に戻した。全く気付かずに女性物を手にしていた自分は非難されてしかるべきだが、手伝わせるシャマルもどうかと思う。
「……シャマル、これはある意味セクハラというやつではなかろうか」
「ん〜?」
隣の金髪の女性は柔らかな微笑みと共に小首を傾げる。何のことか分かりません、という仕草で、彼女のことをよく知らない者であれば、あっさりと信じるであろう。だが、私には――家族には分かる。これは明らかに確信犯だと。
いつの間にやらしわのよっていた眉間を指で小突く。ため息も出ていたかもしれないが、シャマルはそんな私の様子を意に介さずに次々と洗濯物を干していく。
ウサギのプリントのされているものに、リボンがついたもの、レースがついたものや、黒のシースルー……
(……黒だとうっ!?)
私の心の叫びは恐らく念の声となってもれていたに違いない。その証拠に、シャマルはきょとんと私を見つめている。当然の反応だろう。が、私はそれに構いもせずに一人思考をめぐらせていた。
黒の下着……我々の家族で身に着けそうなのは、かろうじて目の前の女性、シャマルだろうか。一番持っていて違和感がない。……いや、シグナムという線も捨てがたい。実利一辺倒な彼女だが、例えば主はやてに「似合いそう」と言われれば身に着けても不思議はなさそうだ――
「せくしぃでしょう、それ?はやてちゃんのよ」
「なにいいいぃっ!?」
「なーんて、冗談」
私の動揺を前に、自分の発言をわずか三秒でくつがえして舌を出すシャマル。
「……自分で言うのもなんだが、とりあえず女性の下着を見つめる男にツッコミを入れるべきだろう、シャマル」
「あら、家族であんまり意識しすぎるのも良くないと思うわ」
「むぅ……」
そういうもの、だろうか?若干違うような気もするが……
うなり声をもらした私を前に、くすくすと笑いながらもシャマルは手際よく衣服を干し終わる。
その後も軽く家の中を掃除した後、彼女は背伸びをしながら呟いた。
「さってと。後は食事の準備ね」
……なに?
彼女の口にした言葉に、私は眉を上げる。
「ザフィーラ、味見お願いね?」
「いきなり退路を断つな」
思考をめぐらす時間ぐらいは与えてほしいものだ。
事情を知らないものが聞いたら意味不明の会話をして、私は心の中でため息をついた。
シャマルの料理は、一言にするとロシアン・ルーレットだ。弾丸は一発ただし二層式。む、それではルーレットにならんか。まあ、ありていに言って半々くらいの確率で当たる。当選者はもれなく一時の間天国ないし地獄に旅立てる。あまり幸せにはなれないことうけあいだ。
出来上がりのものがそうであるからして、味見――つまり試作段階のものを口にした日には、当たった時の破壊力は想像もつかない。
ここで私が代わりに作れればいいのだが、ろくに調理場に立たない者が作るものでは、舌の肥えた我が家では通用しないだろう。主殿がフォローしてくれるならまだしも、まだ一人前とはいいがたいシャマルとでは足を引っ張り合うのがオチだ。
我が家の習慣からして出前を取るという選択肢も基本的にはない。
他にも回避策をいくつかめぐらせるが、結局のところ、彼女に任せるのが一番マシ、という結論に至る。
数秒の――しかし自分にとっては極めて密度の濃い思考の後、私はすっかり諦めてシャマルに従った。
買い出しに行き、洗濯物をよせた後、台所に立つシャマルを見る。エプロン姿が実に様になっている彼女は、腕まくりをして鼻歌を口ずさみながら買い物袋から食材を取り出していた。全く、この場面を見るだけなら、どんな美味な料理ができるものかと期待してしまいそうなものなのだが……
私は獣姿に変身し、リビングで伏せて待つことにする。微妙に不規則な包丁の音や、「えーと」「あっ!」などの声が不安をかきたてるが、ここまで来たらまな板の上の鯉。成功することを祈るのみである。
しばらくして目の前に差し出された小皿に、緊張の唾が溢れるのを自覚した。出来を確認する前に、体が勝手に後ずさろうとする。パブロフの犬、という話を思い出し、きっとその犬とは友達になれるだろうと感じた。
私は恐る恐る、ソレを覗き込む。外見はれっきとした煮物で、匂いも食欲をそそる。だが、ここまではいつものこと。味だけが破滅的という、ある種見た目から失敗しているよりもたちの悪いケースが後を絶たないだけに、警戒を解くことはできない。
(……ところで、自分で味見はすませているのだな?)
人によっては気分を害しても不思議ではない、私の至極当然の問いに、彼女は「ふぇ?」ととぼけて応じた。可愛い仕草も、時と場合によっては腹立たしい。
犬であれば「おあずけ」の姿勢で私は硬直し、シャマルもその私をじっと見ている。沈黙が、耳に痛い。
その間、十秒ほどだっただろうか。
シャマルのため息と、玄関の扉が開く音が耳に入ってきたのは同時だった。
「ただいまー。ええ匂いやなぁ。今日はシャマルが作ってくれたん?ありがとな」
学校から帰ってきた我が主は、柔らかな笑顔と共にリビングに入ってくる。その姿は天使か女神のように見えた。この場から私を救ってくれるであろう、神々しい存在。シャマルの料理の先生でもある主はやては、さらりと味見を済ませて、食べられないようであればそつなく補ってくれるに違いない。
「ん、ザフィーラ、どないや?美味しいか?」
私の前に置かれているモノを見て、彼女は無邪気に問いかける。
もちろん、皿の中の料理をまだ口にしていない私に答えることは出来ない。
小首を傾げる主に対し、シャマルはただ、
折角の料理に口をつけもせず、ただ腰の引けている私を非難するわけでもなく。
困ったように微笑んで。
その顔を見てしまった私は――
反射的に口を開いていた。
パク。
・
・
・
(……うまい)
程よく味付けされた肉やジャガイモが舌の上を転がる。文句なしの煮物だった。
私の感想を聞いたシャマルは、胸をなでおろして微笑む。
「そやろ?この前のもナイスな出来やったからな」
「本当、はやてちゃんのおかげです」
師弟はしてやったりと喜びあう。
見た目としては教える側と教えられる側が逆なのだが、我々の関係は日常生活のほとんどがそうなのだから、今更だ。つくづく主には世話になりっぱなしである。
そう思いながら、私は残った汁をなめた。うむ……見事だ、シャマル。
そのうち、管理局に出かけていたシグナムやヴィータ、リインも戻ってきて、いつも通りの団欒となる。
シャマルの作ったものに主が軽く一品を加えた食卓は、瞬く間に空となった。
リインは小さな体で元気いっぱいに料理を口にし、「美味しいです!」を連呼する。前衛二人組も揃って料理の出来を褒めたが、「今日は」の一言をつけるのを忘れない。
それでも、シャマルは終始嬉しそうだった。
その一週間後、私はこの日と同様に彼女の料理を味見して、三途の川なるものを渡りそうになるのだが、それはまた別の話だ。
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- 2007-05-20
- なのは 短編
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->固まってる最中になのはかフェイトの内持ち主が帰ってくる。
洗濯物尾片付け編の不幸はこれで決まりかな?
それにしても三途の川なんて、GJですシャマルさん。