「こう言っては失礼かもしれんが、不思議な主だな」
主の部屋を出たところで、ザフィーラは感慨深げに自らの感想を呟いた。寡黙な彼が、守護騎士の義務とは無縁のところで考えを口にするのは珍しい。
「ええ、本当に。今までの方とは、まるで違う」
二人の会話に、シグナムも頷く。
守護騎士ヴォルケンリッターの主人は、彼女たちが選ぶことができない。何故なら、彼女たちは闇の書と呼ばれる魔道書から生まれ出る存在であり、守るべき闇の書自体が、主人をランダムに選ぶからだ。
彼女たちは人の姿をしていても、人間ではない。ゆえに、道具同然に扱われることの方が多かった。牢獄のような石畳で眠ることも珍しくなく、不眠不休で責務を果たしたことも数知れない。もっとも、人として扱われないことに異を唱える気はなかった。事実だったし、人間同様の感覚はあるとはいえ、常人よりもはるかに身体機能は卓越しているのだ。自らの勤めだと思えばいくらでも耐えられた。そして、今のこの地に生まれた瞬間も、そのことに関して期待を持っていなかった。
シグナムたちの向かいから、家政婦が歩いてくる。彼女は守護騎士たちに気付いて、道を譲っておじぎをした。シグナムたちは礼を言いながら彼女の前を通り過ぎる。
「ちょっと、こちらが申し訳なってくるわよね。もちろん嬉しいんだけど」
肩をすくめながらシャマルがささやいた。
ここでは、シグナムたちは完全に客人扱いだ。屋敷の人々は彼女たちのことをクラウスの友人と信じて疑っていない。世話をしてもらう立場になれない彼女たちにとっては、ありがたくもどこか居心地の悪さを感じるくらいだった。
「主クラウスのことは、何よりヴィータがなついているのがいい」
シグナムの感想に、全員が顔を見合わせて頬を緩める。
彼女たちは、ほぼ外見年齢どおりの人格に設定されている。まだ幼いヴィータは、人見知りが激しく、率直で、気難しい。今までなら、なつくどころか主に反感を表すことも一度や二度ではなかったのだ。その度に、シグナムは守護騎士のリーダーとして、彼女をたしなめなければならなかった。騎士は、主人に忠誠を誓う存在。進言ならまだしも、歯向かうなどもってのほかだ。
「おかげで、シグナムも気が楽?」
「まあな」
シャマルの軽口にシグナムは苦笑しながらも同意する。守護騎士としての務めを果たす上で、サポート役を果たすこの金髪の女性は、常に前線にいるシグナムたちとは別種の苦労が絶えないに違いなく、時折自分たちのいないところでそっとふさぎ込んでいることをシグナムは知っていた。彼女が冗談を言えるのは、心にゆとりのある証拠に他ならない。そのことが、シグナムの心も安らがせた。
「主は、きっと良い所有者になれるだろう。闇の書の力を正しく行使できる、真の主に」
低い、静かな声に頷いて、シグナムは胸のペンダントを握り締めた。
どのような主であっても、自らの剣にかけて、自分は責務を全うするつもりだ。しかしザフィーラの言う通り、クラウスがすばらしき主に成長してくれれば、仕えるものとしてそれに勝る喜びはない。
その手助けとなれるのなら、何だってするつもりだ。今までも、そしてこれからも。
*
「まとめてぶっ飛べ!」
少女のハンマーが、言葉どおりに騎士たちを宙に飛ばす。横で同様に相手を吹き飛ばすザフィーラ。人間の重量など、彼らにとっては人形も同然とばかりの勢いだ。少し離れた場所で待機していたシグナムは、機を見計らって闇の書を虚空から呼び出し、倒したものから光を集めた。
敵を蹴散らし、行動力を奪い、魔力の源――リンカーコアを奪う。シグナムたちが蒐集と呼ぶこの行為は、闇の書の所有者が、闇の書を活用するために必要な儀式であり、ひいては守護騎士たちの責務であった。
闇の書は、生物の魔力を糧として、その機能を起動させる。リンカーコアを吸収するごとに本来の力を取り戻し、白紙のページを埋めていく。全ての666ページが埋まったとき、所有者は初めて、本当の意味で闇の書の主となり、古代の遺産と謳われた数々の力を行使できるようになる。そして力を使い果たすと、闇の書は次の主の元へ転生するのだ。
現在のシグナムたちのいる世界では、戦が頻繁に起きていた。不満を抱えた民衆が、野望を持った領主が、打算と信念を抱えた国王が、敵を見出し、争いを生み出す。皮肉なことだが、シグナムたちにとっては都合が良く、その戦に乗じて優れた魔力を持つもの――ベルカと呼ばれるこの世界では主に騎士たち――から、リンカーコアを奪えばよかった。
その日の蒐集場所は、アルベンハイムの領土からそう遠くない。あまり大げさに動いて自分たちの存在が噂になると、主人に不都合が及ぶかもしれない。そう考えたシグナムたちは、仮面をかぶって戦場に姿を現していた。
「このペースなら、あと一月とかからんな」
そう呟いたシグナムの背中に、言いようのない戦慄がはしる。彼女は弾かれたように振り返った。
たたずむのは、蒼い甲冑で全身を包んだ騎士。十歩ほど離れた距離で、シグナムを見据えるように立っていた。
「貴様ら、何者だ?」
仮面ごしのくぐもった声がシグナムの耳に届く。彼女は自らの心臓の鼓動がかすかに早まるのを自覚した。今までの経験が、向かい合う蒼の騎士が相当の実力者であることを継げている。
彼女の、強者を求める心がうずき、同時に守護騎士としての理性が冷や水を浴びせた。どこで主人の元に伝わるかも分からない場所で、うかつに名を明かすわけにはいかない。さらに相手も、騎士である以上自ら名乗りをあげても不思議ではない。名乗った相手には名乗り返すのが礼であり、それを失するのは極力避けたかった。
シグナムは無言で剣を構える。自分の無礼な行いに、相手も相応の態度で返すことを祈った。
守護騎士の願いが通じたわけではないだろうが、蒼の騎士はシグナムに対して剣を抜く。腰の両側から、一本ずつ。短剣というには長く長剣というには短い二つの刃。ベルカでは数の少ない二刀流だ。状況が好転したわけではないものの、正体をさらす事態に陥らなかったことに、シグナムは安堵しながら仮面の下で口を開いた。
「――参る」
常人なら走って五歩の間合いを一足飛びに詰め、下段からなぎ払う。蒼の騎士は両の刃で斬撃を待ち構えた。
接触の間は刹那。シグナムの剣は双剣を相手の手ごと弾き飛ばす。
返す刃で胴を狙う。その場にあった蒼の鎧は、シグナムが切り返すまでの半瞬の間で彼女の間合いから離れた。
(シグナム、大丈夫か)
(ああ。だが、全力でかからねば危険だ。巻き添えを食わぬよう気をつけてくれ)
シグナムは追撃の手を打ちながら、ザフィーラの念話に応じる。
(不服だろうが、倒すな)
「――なんだと」
ザフィーラの意見に、思わず声が漏れる。注意が散漫になった彼女を双剣が襲い、寸前でかわした彼女のマントに切れ目が入った。
(そいつは他の騎士と違いすぎる。名のある騎士を主の近隣で倒して騒がれるのは、長期的にはマイナスだ)
彼女はひそかに歯噛みをする。しかしそれも一瞬で、すぐに撤退の算段を立て始めた。背を見せるのは不本意だが、かつては主のために信念を曲げ、騎士とは呼べぬ行為を犯したこともあるのだ。この程度のことを耐えるのは造作もない。
(分かった。ヴィータ、聞こえているな?ここを離脱するぞ)
返事のつもりか、ヴィータはひときわ大きくハンマーを打ち鳴らした。
「レヴァンティン、頼む」
『Ja』
シグナムの呟きに、彼女の剣が答えた。筒状のパーツが刀身をすべり、ガシャン、という機械的な音と共に薬莢が足元に落ちる。甲冑と同じ白銀の刃が、紅の炎をまとった。
炎の魔剣レヴァンティン。ベルカの騎士たちが持つ武具の中でも特に攻撃に秀でているシグナムの愛剣は、カートリッジに蓄えた魔力を帯びることでその本領を発揮する。
「はぁっ!」
掛け声と共に振り下ろされたその一撃は、周囲の地面もろとも蒼の騎士を吹き飛ばした。
それを合図に、ヴィータとザフィーラはその場を飛び去る。
同時にシグナムも宙に浮き、離れようとする。
その時、相当の距離があるにも関わらず、彼女の目は確かに蒼の騎士の姿を捉え、耳はその声を聞いた。
『drei』
ゆらめくは、蒼き手が持つ三又の矛。
響く音は、レヴァンティンと同じカートリッジのうなり。
豆粒にしか見えないだろう距離で、その人物はシグナムを見据えていた。
「――穿て」
届いた声は、衝撃の先か、それとも後か。
蒼の閃光がきらめき、シグナムの体を貫いた。
次回予告
私たちの主は三人兄弟。家族のこと、主自身のことを知るにつれて、私たちはまた少しずつ、闇の書完成への思いを新たにします。
一方で、順調だった蒐集に思わぬ障害。蒼い騎士の予想以上の強さに、私たちは方針を変えることになりそうです。
魔法少女なのはPS 第2話 アルベンハイムの領主
読んでくださいねっ。<
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