クラウスの傍らに座っていたシャマルは、自分の主の顔を見つめながらため息をつく。
神経を研ぎ澄ませると、遠くでシグナムとアルマが戦っているのが感じられる。ザフィーラやヴィータも、魔力の流れとその距離からして、恐らくベルンハルトの相手をしているのだろう。その事実が、彼女にはどうしても割り切れなかった。
主はきっと悲しむだろう。兄や、姉を傷つけたことを。そして、止められなかった自分を責めるに違いない。
それを分かっていて、これしか選択できなかった自分たちが、悔しい。
もっと、他にやり方はなかったのだろうか。今更ではあるものの、彼女はそう思わずにはいられなかった。
窓から覗く空を見上げる。
厚く重なった雲が一面に広がっていて、雨が降りそうな灰色の空だった。
第6話 666頁 金属音が、こだまのように鳴り響く。
シグナムの斬撃をアルマが受け流し、反撃できらめく双剣をレヴァンティンが受け止める。
お互いが弾かれて開いた空間を蒼の矛が貫き、白銀の甲冑がそれをさばきながら蒼の甲冑に詰め寄っていく。
ヴォルケンリッターの将は、蒼の騎士アルマとの接近戦を続けていた。
アルマは、双剣と三又の矛で広い間合いを持つ。シグナムのレヴァンティンも変形が可能だが、カートリッジが必要なため、燃費の悪さは否めない。ならば、基本的には自分の間合いを死守する必要がある。状況に応じて戦法を変える速さにおいては、蒼の騎士が上回っていた。
しかし、矛での間合いでならともかく、剣と剣での戦いであればシグナムに分がある。間合いを離されなければ彼女の有利は揺るがないし、無理に大きく距離をとろうとするならば、そのときこそ彼女のデバイスの変形チャンスだ。
ひときわ大きい金属音。アルマを弾き飛ばしたシグナムは、矛での突きを警戒しながら、その距離を詰める。変形が遅れたのか、アルマは矛のままでレヴァンティンを受け止めた。
上段から押し切ろうとする剣を、蒼の騎士は体をひねらせてやり過ごす。
返す一撃をシグナムが放つ前に、蒼の甲冑が更に反転して、柄の部分を白銀の甲冑に叩き込む。
ひるんだ隙に、矛の刃が切りかかる。かろうじてそれをかわしたシグナムは、そのままの体制で横に薙ぐ。
彼女の描いた半円の軌跡の中には既に誰もおらず、振り切った瞬間を狙ってシグナムの喉もとめがけて刃が迫る。
直前でかわされたその矛先は、しかし軌道を変えてシグナムの首筋を叩く。痛みに顔を歪ませながらも掴もうとした蒼のそれは、一瞬早く彼女の手をすり抜け、手の届かない位置にいた。
(なるほど――矛のみで戦うつもりか)
アルマは矛の方が得意なのだろう、その腕前は、近距離でも双剣にさほど劣らない。彼女が間合いにこだわらない戦法を取っていた先程と違い、レヴァンティンがわずかに届かない距離を保たれたら、苦戦は免れそうになかった。
「さすがですね。ベルカ中でも、貴女ほどの騎士は多くないでしょう」
「騎士?……ありがとう。でもね、今の私は騎士としては失格なの」
シグナムの賞賛に、アルマは自嘲気味に笑う。
「だって今、私は全くの私情で貴女と戦っているのだから」
彼女の台詞を聞いて、シグナムは眉を寄せる。クラウスの姉は、ベルカの騎士として、自分たちの蒐集を止めに来たのではないのか。
「ヴォルケンリッターのことは、とてもいい方たちだと思っているわ。話をしてもそう思ったし、貴女たちの太刀筋を見ても分かるつもり」
彼女は、そこで一度言葉を切る。翡翠の瞳の奥に見える、わずかな迷い。しかしそれは一瞬のことで、彼女は顔をあげて、続きの言葉をはっきりと口にする。
「でもね。それでも――私は、クラウスに剣を与えた貴女たちが、憎い」
シグナムは、その台詞に目を閉じた。
騎士失格?仮にそうだとしても、それを笑う資格は自分にはない、と彼女は思う。
私怨が含まれていたにせよ、蒼の騎士は確かに他人のために戦っている。
弟の幸せをただ願い、そのために、姉は剣を振るっている。
守護騎士たちと、全く同じだった。
「皮肉なものね。私たち、大事なものは一緒のはずなのに……」
それなのに、自分たちは道が違うというだけで殺し合いをしている。
クラウスのことで、互いの信じる幸せを否定しあっている。
「私は、不器用ですから」
「いいえ、お互い様よ」
二人は、困ったように苦笑する。それから示し合わせたようにそれぞれの獲物を構えた。
シグナムは、深呼吸をしながらレヴァンティンを握りなおす。持久戦をするつもりはさらさらない。一気に決めるつもりで腰を落とす。
その気迫に、アルマもカートリッジの充填音で応じる。
先に動いたのは蒼の矛だった。
「――穿て」
瞬時に迫りくる閃光を、シグナムは体をひねってかわす。そのまま、アルマに向かってまっすぐに飛びかかる。
カートリッジロードの音が響いて、剣が炎を帯びた。
「紫電――」
危険を察知したアルマは、素早く後ろに下がる。
しかし、シグナムはそれを上回る速度で彼女に肉薄した。
「一閃!」
レヴァンティンが太陽のように高熱を発し、紅の炎が空間を薙ぐ。
その一撃はとっさに展開されたアルマの魔法防御を破壊し、彼女の体をかすめた。
本来であれば頭と胴体を分かつはずの必殺の剣撃は、一瞬前の矛の一刺しによって、狙いと威力を大きく削がれていた。
しかしそれでも、シグナムの魔力の余波で、アルマは大きく弾き飛ばされる。
『Schlangeform』
まるでシグナムの腕が伸びているかのように、レヴァンティンがその形状を長く、長く変形させていく。それは鞭のようにしなり、うなりながら周囲を踊る。
「噛み砕け!」
裂帛の気合を乗せた鞭が、アルマに向かって迫る。
蛇が獲物に飛び掛るかのように、うねりながら牙をむく。
『zwei』
変形の音声と、カートリッジロードの音。
「分かて――!」
すぐさま双剣を握った蒼の騎士は、迫りくるレヴァンティンに向けて、十字の剣撃を叩き付けた。
魔力がぶつかり、飛散する。
爆音が周囲を震わせ、衝撃が離れているシグナムにまで届いた。
愛剣を元の姿に戻し、彼女は身構える。吹き付ける風に目を細めながらも、アルマの方角から顔を背けない。
『eins』
爆炎の奥から覗くのは、アルマの素顔と、蒼い甲冑。
そして、手に持つ、巨大なボーガン。
「――飲み込め」
そこから、魔力の塊が発射される。
その青い光はすぐに生き物をかたどり、空を駆けるごとに大きくなっていく。
周囲の魔力を喰らいながら、成長していくその様は、龍のように見えた。
それを見たシグナムは、避けもせず、まして立ちすくむわけでもなく――
光の生き物に向かってまっすぐに突進する。
「うおおおおおっ!!!」
レヴァンティンに、次々と弾薬を充填させる。
同時に、前面に魔力障壁を展開。
炎の塊と化したシグナムを、蒼の龍が飲み込む。
白の爆発が起こり、辺りが光に包まれる。
障壁は破られ、レヴァンティンの炎も相殺され、白銀の騎士甲冑も剥がされていく。
焼けつく龍の胃袋を、彼女は更に速度を上げて進む。
時間にしてみればわずか一秒。
剣の騎士は光を突き抜け、目前にいたアルマに、自らの相棒を叩きつける。
蒼の甲冑が砕け、彼女の武器がその手から離れる。
そのまま地面に落ちた彼女に、レヴァンティンが突きつけられた。
「……お見事」
浅い息を苦しそうに繰り返しながら、しかしアルマは微笑む。
「貴女の魔力を、いただきます」
そう言って闇の書を召還するシグナムをぼんやりと見ながら、彼女は独り言のように呟いた。
「優しいあの子には、穏やかに生きて欲しかったの」
その声は、寂しそうでもあり、受けて入れているようでもある。
彼女は、くすりと笑って目を閉じる。
「でも……あの子も、男の子だものね――」
感慨深く言葉を紡ぎながら、彼女は気を失った。
幼い頃からずっと、シグナムよりも長い間、大切に思ってきた家族。
それを、自分たちは、彼女から奪った。
流れた思考を、シグナムは首を振って打ち消す。
この衝突は、一時的なものだ。クラウスが真の主となった後、できた溝はいくらでも埋められる。
アルマもきっと――キット分カッテクレルハズダ。
鮮やかな蒼色のリンカーコアが闇の書に吸い込まれる。それを見届けてから、シグナムは片膝をついた。
大技を短時間に乱打したため、体力と魔力の消耗が激しい。大怪我がないことが救いだが、体を動かすのも困難なほど疲労していた。
(シャマル、聞こえるか。そちらの様子はどうだ)
待機しているはずの彼女に、シグナムは念で話しかける。
しかし返ってくるものはなく、ただ静寂の間が続く。
悪い予感に、守護騎士の将は改めて話しかけた。
(シャマル、どうした?ヴィータ、ザフィーラも、そこにいるのだろう?)
続くかと思われた沈黙は、彼女の返答によって終わる。
(シグナム――ごめんなさい)
それは、すぐにそれとわかる、思いつめた一言だった。
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