視界に広がる、白。否、かすかに紅の入った白色。
フェイト・T・ハラオウンは、学校からの帰り道にある桜並木の中で、感嘆のため息をついた。
「随分咲いてる。今年はあったかいもんねー」
桜の木を見上げながら、なのはが弾んだ声で呟く。
彼女の言う通り、桜は既にかなりの割合でつぼみを開かせていた。
「綺麗。もう、春なんだね」
春。この世界では、出会いと別れの季節。
自分にとっても確かに区切りではあるのかもしれない、とフェイトは思う。去年の春は、例えばフェイトたちは八神はやてを同級生として迎えた季節であり、そして例えば――彼女自身、新しい家族を受け入れると決めた季節でもあった。出会いとは少し違うかもしれないけれど、新しい関係になる、という意味ではおおむね合っている。
では――別れはどうか。
フェイトにとっての別れは、春ではない。それ以前に、季節に依存するものではなかった。
思い出されるそれらは、ある日突然訪れるものでもあり、いつの間にか過ぎてしまっているものでもある。
決まって、言いようのない後悔や、苦い後味のある、辛い思い出だった。
幸いにも、今年はそういったものはあまりない。
しかし。来年はどうだろう。その先は――?
家族や学友、管理局の人たち、他にも多くの人々が次々と浮かび、フェイトは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「――ん、どうしたのフェイトちゃん。何だか顔色悪いよ。大丈夫?」
丸い大きな瞳が、心配そうにフェイトの顔を覗き込む。
高町なのは。
出会ったときは敵だった。
衝突を繰り返しながら、少しずつ近づいて、分かり合って。
今では、とても、大切な友達。
その彼女に、もしも会えなくなったとしたら。
嫌な想像で手に汗がにじむ。暴走しそうになる思考を無理に遮断して、彼女は親友に微笑んだ。
「大丈夫――もうすぐ三学期も終わりだなって、思ってただけ」
「え、うん。色んなことがあったよね」
なのはは思い出を反芻するように目を閉じる。その表情から察するに、きっと彼女の頭は楽しいことで埋め尽くされているのだろう。確かに、フェイト自身、思い出そうとして真っ先に思い浮かぶのは、家族や親友たちとの素敵な記憶だ。ずっとずっと、続いていけばいいと思うくらい。
だけど――
「今は、学年が変わるだけだけど、次は私たちが卒業する番。そうしたら、違う学校に通う人も、きっといる」
強めの風が吹いて、薄紅色の花びらがわずかに宙を舞った。
「私は――それが、怖い」
フェイトを見つめながら、なのはが目を瞬かせる。唐突な話に驚いているのだろう。無理もない。彼女自身もそうなのだから。
「おかしい、よね。こんなこと、今まで考えたことなかったのに」
「ううん、そんなことないよ。私も、皆と離れる時が来たら、きっと寂しくて、悲しいと思う」
「……ね、なのは。どうして、出会ったら、別れなきゃいけないのかな」
自分でも不自然なことを言っていると思った。相手が自分でない以上、どんなに望んだとしても、何かが原因で離れなければいけないときは来る。それは別のもっと大切なもののためかもしれないし、そうでなくても、黄泉への道は一人でしか通れない。
しかし、なのはは首をひねりながら、フェイトの言っていることの意味を懸命に考えてくれた。
「うーん……難しいね。でも、別れても、また会うことだってあるよ。フェイトちゃんと私だって、毎日出会って、別れてを繰り返してるもんね。ひょっとしたら、生まれ変わってからも会えるかもしれない」
それに、と、彼女は言ってから、少しだけ迷うように口ごもった後、続きを口にした。
「やっぱり、別れなきゃいけなかったからこそ、出会えたってこともあるわけだし」
例えば、はやてと、その守護騎士たち。ヴォルケンリッターは、数多くの、主との別れを経験して、しかしだからこそはやてに会えて、幸せに暮らしている。
なのはの言っていることはとてもよく分かるつもりだ。
だが、それでも。
フェイトの浮かない顔を見て、なのはは柔らかに笑った。
「珍しい。フェイトちゃんが欲張りさんになってる」
「よく、ばり?」
「ん。フェイトちゃんの体はひとつしかない。皆と一緒にいたくても、一度に会うわけにはいかないよ。でも、一緒にいたいって、思ってるんだよね」
なのははフェイトの手を握った。
どんなに沢山の人と手をつなぎたいと思っても、それは二人まで。放さなければ、触れられない。
当たり前のことだけど、それが、寂しい。
なのはの言う通りなのだと思った。きっとこれは、わがままで、欲張りなことなのだ。
「それだけ、フェイトちゃんには沢山、大切な人ができたんだね」
まるで自分のことのように、嬉しそうに笑うなのは。当のフェイトは晴れない気分だったのに、彼女の笑顔を見ていると、不思議とそれがいいことのように思えてくる。
「うん――多分、そう。だから、別れるのは、嫌」
特に、なのはとは。
口に出したその言葉に、彼女は一度だけ目を瞬かせて、照れくさそうに、でも満面の笑顔で答えた。
「じゃあ――もっともっと、お話しよ?せっかく、一緒にいるんだもんね」
なのはの台詞に、フェイトは強く頷く。
将来のことは、分からない。だけど今、目の前に会いたい人がいるのだから、素直にそれを喜ばなければ、それこそもったいない。
引っ張られる手のぬくもりが、とても暖かく、心地よい。それは些細なことで、けど失ってしまうのが怖いと思うほど、貴重で、素敵なこと。そう思いながら、少しだけ手のひらに力を込める。なのはが応じるように握り返してくれて、その確かな感触が嬉しかった。
ふわりと舞う花びらにつられて、フェイトは上を見る。
ひときわ大きな桜の木が、今年の春を謳歌するように、美しい花を枝いっぱいに咲かせていた。
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