魔法少女リリカルなのは -a Past Story-
それは、過去のこと。始めから結末の決まった昔話。
私たちは、諦めていた。
自分たちの未来が終わりなき拷問だと知っていたはずだった。
なのに、期待してしまう。
忘れていたはずの暖かさに触れて、思ってしまう。
今度こそ輪廻に終焉が来るのだと。
定められた使命を全うし、解放される日が訪れるのだと。
これは、祈りの物語。
ただ未来を夢見た主と、ただ主を信じた従者の話。
――魔法少女リリカルなのはPS、始まります。 人が、倒れる。
緋色の命をまきちらし、苦痛の声を響かせて。
勇み歩み寄るものも、その場に立ち竦むものも、武器を構えるものは等しく地に伏せていく。
嵐のような暴虐。
その中心に立つのは、女が二人に男が一人。たった三人の存在に、他の騎士たちは次々と倒されている。
一人は白銀の甲冑を身にまとった、長剣の騎士。仮面はつけておらず、赤の長髪が風になびく。
彫像のように整った顔に、見るものを焼き尽くすと錯覚するほどの鋭い眼光。神話に出てくるような容姿の美しい女性は、しかし相対するものにとっては恐怖の対象でしかない。
「命はとらぬ。だが、お前たちの魔力をいただく」
騎士は、整った唇からアルトの声をつむぐ。次の瞬間、両断された剣や兜が宙を舞った。
その太刀筋は烈火のごとく――疾く、強く、激しい。
彼女が剣を振るうごとに、血しぶきが飛ぶ。しかし巧みに立ち位置を調整しているのか、彼女の鎧は汚れることなく、金属の輝きを放ち続けていた。
二人目は紅の胸当てをつけた、槌を持つ騎士。戦場には不釣合いな愛らしい顔の少女。
その体躯はそこにいる誰よりも小柄で、甲冑姿も、遠目には親が戯れに着せているように見えるくらいに、その年頃の女の子には似つかわしくない。彼女の背丈ほどもある長柄の槌も、武器というよりは体を支える杖にも見える。だが、そのハンマーが軽く揺らめくと、向き合った騎士たちは半歩後ずさりした。
「向かってこないんならこっちから行くぜ。よえーやつはさっさと逃げろよな。うぜぇから」
外見相応の可愛らしい声がぶっきらぼうに言葉をかたどり、同時に彼女の手にあるハンマーがうなる。
巻き込まれた騎士は骨を砕かれ、肉をつぶされ、あるものは空に打ち上げられ、あるものは地べたに叩きつけられた。
三人目は黒の鎧をまとう、徒手空拳の大男。銀髪の間からのぞく深い青の毛に覆われた耳が、彼が普通の人間でないことを示している。
鎧の隙間から見える太い腕は、武器すら必要とせず相手を蹂躙できることを、幾人もの騎士の犠牲が証明していた。
「うおぉぉお!」
雄たけびをあげながら迫る騎士の剣に向かって、彼は無造作に腕を振るう。高いとも低いともつかぬ鈍い音がして、騎士の剣はひしゃげながら持ち主の手を離れた。
大男はそのまま無言で敵の頭をつかみ、投げ飛ばす。ぶつかった騎士どうしがもんどりうって倒れ、びくびくと痙攣した。
「シグナム、ヴィータ、頃合だ。集めるぞ」
「ああ」
「分かってんよ、ザフィーラ」
悲鳴や絶叫が響き渡る最中で、大男の静かな声に二人の騎士が答える。武器を下げて手を地にかざすと、倒れた人間の胸から、色とりどりの宝石にも似た光の結晶が浮いた。
大男はどこからか古びた本を取り出す。それは自らの意思を持つかのように男の手の中で開いた。
ドクン。
心臓のような鼓動が、空気を揺るがす。それに呼応するように光の結晶が本に吸い込まれた。本は、食事でもするかのように光をむさぼる。
立っていた騎士は逃げ惑い、本が閉じられた時には三人だけがその場に立っていた。
第1話 紅き目の主 浮遊感が収まり、シグナムは目を開く。高い天井に大きな窓。毛の長いじゅうたんがしかれ、さりげない高価な調度品が並んでいるこの部屋は、間違いなく彼女の主の客室だ。戻ってきたことを確認すると、シグナムは小さく息を吐いた。
「おかえりなさい、みんな」
窓際の椅子に座っていた金髪の女性がシグナムたちを振り返ってにっこりと微笑む。三人は三様に帰りの挨拶をした。具体的には、シグナムは「ああ」ヴィータは「おう」ザフィーラは無言の頷きだ。
「変わったことはなかったか、シャマル」
シグナムが質問をすると、シャマルと呼ばれた金髪の女性はゆっくりと横に首を振って、穏やかに答えた。
「なーんにも。こちらは平穏この上なしよ。そちらはお疲れ様。調子はどう?」
「順調だ」
「ほーんと、歯ごたえねーんだぜあいつら。ま、いいけどな」
軽く答えたシグナムの横で、ヴィータはぼやきながらハンマーを一振りする。彼女の武器は一瞬でアクセサリサイズに縮小し、同時に彼女の服装も鎧姿から令嬢のようなドレス姿に変化した。
「うえー、やっぱり動きづらいんだよな、これ」
「あら、いいじゃない。お人形さんみたいで可愛いわよヴィータちゃん」
くすくすと笑うシャマルの服は淡い緑のドレスで、街を歩いても淑女で通じるだろうとシグナムは思う。シグナム自身の服は、シンプルな黒いもの。彼女の主と彼女との妥協の産物だった。
「今回の蒐集は34ページだ」
四足の、体長1メートルほどの獣がシャマルに向かって口を開く。大男ザフィーラの変身した姿で、彼は主の家にいるときは、主に会うときを除いてはほとんどその姿だった。
「ほんと?効率いいわね」
「めんどくせーから次はシャマルが行ってきてくれよ」
「そんなこと言って、いいのかなぁ?クラウス様に頭なでてもらえないわよ」
「う、ぐ、うるせー!さっさとクラウスんところに報告しに行こうぜっ」
シャマルのからかいの言葉に反応するヴィータは年相応の少女のようで、シグナムは口元を緩ませる。ヴィータは彼に随分と心を許していて、それがシグナムには嬉しかった。
客室を出て階段を降り、ホールから東に100メートル。広い屋敷の隅にある、他に比較すればやや小さな部屋。シグナムがノックをすると、「開いてるよ」との気安い声が返ってきた。
「失礼いたします」
一礼をして入るシグナムたちを、柔らかな笑顔が出迎える。年の頃は十代後半。はちみつ色の髪とルビーのような緋色の瞳。優しげな顔立ちで、笑ったときの細まった目がシグナムにとっては印象的だった。
クラウス・アルペンハイム。この地方を統治するアルベンハイム家の次男であり、シグナムたちの主人だ。
「たっだいまークラウスっ」
シグナムの後ろからヴィータが走り出して、クラウスに飛びつく。線の細い彼は、よろけながらも少女を受け止めて笑った。
「おかえり、ヴィータ。怪我はないかい?」
「あったりまえだ。あたし、大活躍だったんだぞ。なみいる騎士どもをぶっ飛ばしてぶっ潰して。クラウスにも見せてやりたかった」
「そうかぁ。さすが……ええと、紅の騎士」
「おーい、全然違うだろ。あたしたちの主なんだから、いい加減覚えてくれよな。あたしは人呼んで鉄槌の騎士。守護騎士ヴォルケンリッターのヴィータ様だぜ」
台詞だけは呆れたように、だがその実自らを誇るように、ヴィータは何度目かの自己紹介をクラウスにする。
シグナムは咳払いをして、主にじゃれつく少女をたしなめた。
「ヴィータ、その辺にしておけ。失礼しました主クラウス。ヴォルケンリッター、ただ今帰還いたしました」
彼女がひざまずくと、他の三人もそれに習う。
「今回の闇の書の蒐集は34ページ。合わせて283ページになりました」
「そうか。随分頑張ったんだね、ありがとう」
「ありがたきお言葉。一刻も早く主クラウスが真の主になられるよう、今後も我々の全身全霊を注ぎます。どうぞもうしばしお待ちを」
クラウスは、彼女の言葉に手を振りながら口を開いた。
「シグナム、そんなに硬くならないで。僕は闇の書の所有者で、君たちの主だけど、同時に大切な同士で、友人なんだから。全身全霊も良いけれど、くれぐれも、君たち自身を大事にして欲しいな」
無言でいる守護騎士たちに、クラウスは苦笑して言葉をつなげる。
「分かってるつもりなんだ。本当は『無理をするな』『嫌なことは口に出せ』なんて、侮辱になりかねないってことを。だけどやっぱり、そういうのはなかなか割り切れなくてね」
なおも彼の言葉に答えられないでいるシグナムの代わりに、シャマルが口を開く。
「クラウス様の心遣い、本当に感謝しています。私たち、こんなに心置きなく忠誠を誓える主人に出会えて、幸せに思っているんですよ。ですから、ご安心なさってください。決して貴方を悲しませたりしませんから」
「――ありがとう。さ、戻ったばかりで疲れているだろう?夕食にはまだ時間がある。体を休めておいで」
「あ、ずりーぞクラウス!帰ってきたら遊んでくれる約束だったろ!?」
「とと、そうだった。悪い、怒らないでくれよヴィータ。今日は何をしようか?」
シグナムの口からため息が漏れる。彼女の後ろでザフィーラが苦笑し、シャマルがおかしそうに笑った。
「ね、クラウス様。心配なんていらないでしょう?」
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